戦う意味があるのだとすれば
それはいったい誰のため?
ーー四人の勇者の物語 9ーー 閉じ込められた思い
「…何だって…?」
クリースの眼鏡越しの瞳が大きく見開かれた。
クリスケは、うつむいたまま何も言わない。
…カーレッジには、クリスケが改めてあの日のことを思い出しているのが手に取るように分かった。
先ほどの逃走で、実質上は一人きり——恐ろしい目にあった性で、
よけい生々しく脳裏にあの光景が広がっているのだろう。
クリースもそれを悟ったのか、それ以上何も言わずに、ふうと息をつく。
「…プニフ、ちょっといいかい?」
「え、何?」
ひょい、と作業をしていたプニフが顔を上げた。
深刻そうなクリースの表情に、薬の準備を急かされていると思ったのか、やや不安そうな表情をして首を傾げる。
「…クリスケ、そんなにケガひどいの?」
「いや、そうじゃなくて…。
……悪いんだけれど、ちょっと皆の所へ行っていてくれないかい?
手当ては私がしておくし、クリスケとの話が終わったら、呼ぶから」
その一言に、プニフの表情がやや不満げになったが、
さっきの魔物騒動もあり、ただ事では無いと幼心にも思ったのだろう。
こくん、と頷いて研究室の扉を開ける。
「………」
一度、何か言いたそうに振り返るものの、そのまま足音が遠のいていく。
クリースは、プニフの足音が聞こえなくなってからたっぷり10秒待って、ようやくクリスケを振り返った。
「君は、アリウスから来た人だったんだね」
クリスケが頷く。
それを確認して、クリースは近くにあった棚から一冊のボロボロな本を取り出した。
かなりの厚みがあり、ところどころがすりきれている。
パラパラとページをめくりながら、クリースはクリスケの向かいに腰を降ろした。
「……アリウスに、影の女王なる存在が現れたと聞いてから…。
私も私なりに、彼女のことを調べていたんだ。
——いくつかの古代の書に、彼女の存在についての言い伝えが残っていた」
「……!?」
クリスケが、弾かれたように顔をあげた。
それと同時に、頭の中でカーレッジが息を呑む音も響く。
…信じられない。カーレッジから聞いた話と、筋が合わない。何故なら彼女は——。
「…でも、カー…その、オイラの街の人が言ってた、影の女王は別の世界から来た存在だ、って…!
それなのに、影の女王についての情報が残ってるはず…」
「そう、そのとおりだ。よく知っているね」
「…え?」
半ば食って掛かったクリスケに、さらりとクリースは肯定を返した。
きょとんとしているクリスケ(とカーレッジ)を尻目に、クリースは話を再開する。
「…彼女は、どの世界にも属さない存在だ。世界の間で生まれた存在。
私たちの世界には今まで来たことは無かったようだけれど…。存在自体ならば、古代から知られていたらしい。
彼女は、この世界だけじゃない…たくさんの無数の世界の、負の感情から生まれたんだ」
「……負の感情…。
悲しいとか、そういう感情のこと?」
「…合っているけど、違うんだ。影の女王を生み出したのは、
“顔も見たくない”“声も聞きたくない”“目の前から消えてほしい”“死んでほしい”—— …とか…。
そんな、『滅びを願う感情』だ。
自分や他人の消滅を願う感情が集まって、意志を持ってしまったもの…それが影の女王」
「—— …」
クリスケが口を閉ざした。 アリウス
滅びを願う気持ちの集まり——故に彼女は、あの“幸せな街”を許せなかった。
………。
たとえ、そうだとしても……。
クリースも表情を曇らせたまま、かさりと音を立ててページをめくる。
「“その者、滅びから生まれ、滅びを司り、清らかなる乙女を器とす——…。
降臨と共に、その地、闇の世界とならん”
私たちの世界には、そう言い伝えられているんだ」
『………』
「……闇の世界…。この、オイラ達の世界が…?」
「…私にも、それは分からない。伝わっている事は本当に少ないから…。
ただ、連日の魔物騒ぎや崩壊してしまったアリウス—— …。
このままだと、言い伝えは本当に現実のものになっ」
クリースの言葉を終わりまで聞かずに、クリスケはぐっと唇を噛んだ。
たとえ、そうだとしても。
「そんな事させない!!」
ガチャンッ!
クリスケが立ち上がった拍子に、机の上のビンが音を立てて倒れた。
それすらも気に留めずに、クリスケは空色の瞳をゆがませる。
「あんな事になるのは、もうアリウスだけでいい!他の所も、…世界全部があんな事になるなんて…。
滅びを願う気持ちの集まりだかなんだか知らないけどっ、だからって……!
そんな事は、今度こそ絶っ対にさせない!
だから、だから、オイラは…オイラは……っ!」
…珍しく声を荒げるクリスケに、カーレッジも声をかけるのをためらった。
あの日、自分の無力さを思い知らされたクリスケとアリウスの人々。なす術もなく消えていった自分たちの街と、…たくさんの未来。
それは、いつだってクリスケの胸の中にあった思い。
「…その思いは私も同じだよ」
静かな声で、クリースは本から顔を上げてクリスケを見つめる。
そのまま、憂いを帯びた目で、自分の研究室に目をやり…深い、ため息をついた。
「一ヶ月と少し前——女王がアリウスを陥落させてからすぐ、この森でも魔物が現れるようになった。
プニ族たちは、ただでさえ弱い立場にあるから、
この森での居場所がなくなるのは火を見るよりも明らかだった。
私は、せめてプニ族の——まあプニ族と仲の悪いトゲ族も一緒に住んでいるんだが——住めるような場所を作るのが精一杯だった」
言葉を切って、あの日……影の女王が降臨した日のことを思い返すかのように、クリースは研究室の天井を仰いだ。
急に現れた、今まで森にいなかったはずの……『闇色』のパックンフラワーやシンエモン達。
そしてそれに追われる、元々森に住んでいた仲間たち——。
「……この森でも、たくさんの人たちが傷ついた。
本当は、もっともっと大きくて安全な樹を住処にできれば良かったんだが……。
魔物の襲撃があるから、こんな小さな木に急いで避難するしかできなかった。
…私だって、小さい無力なクリボーだ。それが、とても…悔しかった」
沈黙が、落ちた。
遠くの方で、木の中を流れる水の音が聞こえる以外は、何の音もしない。
クリースが、視線を落として苦笑する。
「…だから、私も君も戦っているんだね。
自分の大切なものを守るために、それぞれの方法で」
「…え?」
きょとん、とクリスケが俯いたクリースを見つめた。
…「私も君も」?
その言い方は、自分も含まれているという事になる。
「風の噂で聞いたんだ。君はひょっとして…」
すっ、とクリースが視線を上げて—— クリスケの空色の瞳を見つめた。
言いつくろいが大の苦手なクリスケは、この先に待ち構えている質問を想像して内心青ざめた。
…嫌な予感がする。
まさかキノールの村の事だろうか、そんなに早く噂が広まっているのか、
というかどうやって言い逃れればいいんだ、
今は亡き自分たちの国の王様の魂が実体化して魔物を吹っ飛ばしたなんて!!
クリスケの頭の中をそんな考えが駆け抜けているとは知らず、クリースが口を開こうとして…。
その途中で、視線を横に——研究室の入り口に—— 滑らせた。
ほぼ同時に、クリスケも研究室のドアを振り返る。
「今何か、足音が…」
しなかった?…とクリスケが言い終わるよりも早く。
ものすごい音を立てて、ものすごい勢いでドアが開かれた。
「「クリース兄—— ッ!!」」
がたぁんっ!!
騒音と共に、悲鳴に近い叫び声を上げて。3匹のプニ族たち…プニフ、プニナ、プニトが研究室に飛び込んだ。
全員が全員息を切らせて、顔は真っ青だ。
そのまま、驚いて立ち上がったクリースに駆け寄って、わぁわぁと大声で泣き始める。
「たっ、たっ、たいへんなんだプニ!!」
「あの、さっ…さっきの、こわいまものが、ぼくたちの木にまっすぐ向かってきてるんだ!
ぼくたちっ、あんな、あんな、こわいまものになんて、ぜったいかなわない—— …!」
「私たち、木のてっぺんで見張りしてたから見えたの、まだみんなは危ないって知らないの!
どうしよう、みんな…みんな食べられちゃうよ——っ!」
プニフたちが言葉を発するごとに、クリスケとクリースも青ざめていった。
この木は、クリースの結界で守られているはずだったのに、…あの魔物に気づかれた?
『影の女王には、そんな手は通じないということか…!』
半ば呻くように、カーレッジが呟く。
それとほぼ同時に、クリスケとクリースは研究室を飛び出していた。
クリースが走りながら、後ろを振り返って叫ぶ。
「…みんな、絶対にその部屋から出たら駄目だぞ!
魔物は私たちが食い止めてくるから、そこに隠れているんだ!」
何かを叫ぼうとするプニフたちを置いて、クリースとクリスケは、この木の入り口へ走りだした。
集中しているからか、クリスケも今度は転ぶことが無い。
途中すれ違ったプニ族たちに、何事かと言わせる間もなく、クリースの研究室へ避難するように叫んで叫んで——。
入り口にたどり着いた時には、幸い、プニ族たちは周りにいなくなっていた。
「まだ、魔物は着いていない…。あいつがこの木の奥まで入ってくる事だけは防がなければ…!」
荒い息のままクリースが辺りを見回す。
その横で、クリスケも息を整えながら耳をすませた。…あの足音は、まだ聞こえない。
「クリース、あの魔物は影の女王に操られていて…魔物だけど魔物じゃないんだ!
泣きたくなるくらい強いし、それに…」
カーレッジの攻撃も効かない。
改めてそのことを思い出して、クリスケに戦慄が走った。
自分たち二人で、あの恐ろしい魔物をなんとかできるだろうか?
次は無い。…この一回で、完全に勝敗が決まる。
「…いずれ、こんな日が来るだろうとは思っていたよ。これを使う」
今までどこに持っていたのか、クリースが不思議な装飾のついているモノを取り出した。
青色の透き通った石をはめ込んで、近くについていた出っ張りを引く。
かすかな音をたてて、そのモノが光った。
「それ……?」
「今は、対魔物用最終兵器と言っておこう」
ぶっそうな単語をさらっと言ってのけ、クリースがそれを構える。
…遠くから、お馴染みのバキバキという音が響いてきた。
だんだん大きくなっていくその音に、クリスケも表情を引き締めて、入り口に視線を向ける。
「…クリスケ」
視線を前に向けたまま、クリースが硬い声でクリスケを呼んだ。
クリスケも視線は動かさずに、クリースに答える。
「…何?」
「はっきり言って、あの魔物は森にいる奴らの中でも比べ物にならないほど強い。
…私は、君がここから南にある村…ラワー・カノースを助けたことを知っている。
だから、君がただのクリボーだなんて少しも思っていない。とは言っても…今回はあまりにも危険すぎる」
「え……」
「あいつには私がカタをつける。
…危険が無いように、その間、下がっていて欲しい」
クリスケが空色の瞳を見開く。
確かに…勢いでついてきてしまったものの、今の自分には攻撃手段が一つもないことは明らかだ。
だからといって、……ここまで来て引き下がるわけにはいかない!
「オイラもたたか」
「駄目だ!」
クリスケを振り返り、鋭い声でクリースが言い放つ。
その瞳に宿るのは、決意と、これ以上誰も傷つけたくないという思いの光。
…思いは同じだ。違うのは、そのための術を持つか持たないかだけ—— …。
ズン…
琥珀色のクリースの瞳と、空色のクリスケの瞳が、絶対譲れないと言わないばかりにぶつかる。
そんな中、低い音と同時に、地面が…いや、木全体が僅かに揺れた。
魔物が、体当たりでクリースの結界を破ろうとしているのだ。
「…今は、話している時間は無い。
頼むから、魔物に突っ込むとか無茶なことはせずに…、危なくなったら、私を見捨てて逃げること。
私にも、守れるものと…守りきれないものがあるんだ」
「———」
パァアンッ!!
クリスケが何か言おうとするのを阻むように、
シャボン玉の破裂する音を、何倍にも大きくしたような音が響いた。
半瞬遅れて、その場所に先ほどの魔物が現れる!
「…その言葉、全部そのまま返すから!
もしもクリースに何かがあったら、この森はいったい誰が守るって…!」
たん、と最近の冒険で大分上がってきた脚力で、思い切りクリスケがジャンプする。
その場に魔物がエネルギー弾をぶち込み、その隙に—— …。
クリースが、先ほどのモノを真っ直ぐに魔物へと向けた。
そして、そのモノの上についている装飾を、勢い良くスライドさせる。
先ほどはめ込んだ石が、光を放った。
バシュンッ!
そこから、キラキラと光る水のような物が勢い良く発射された。
それは見事に魔物にヒットし、…魔物が、その動きを一瞬、止めた。
クリスケが驚いて、魔物を見つめる。特に傷を受けているようには見えないのに…?
「水が弱点……?」
呟いたクリスケに、カーレッジが答えた。
否、と。
『あれは…あの波動は、ただの水じゃない。おそらく…』
カーレッジの言葉を引き継ぐように、クリースが振り返って頷く。
もちろん、魔物への注意は向けたままだ。装填の作業なのか、かしゃん、と先ほどの出っ張りを引きなおした。
「あれは、俗に言う聖水…聖なる水だよ。
この森の木に流れている水を結晶化させて、他にも色々な力を加えて…。
そしてそれをこの銃で力に変換しているんだ」
「……な、なんか良く分からないけど…;
それなら魔物自体は傷つかないですむし、きっと正気に戻れる!?」
「私の推測が正しければ、…だけれどね!」
鈍いながらもまた動き出そうとした魔物に、容赦なくクリースが再び銃を向けた。
そして、星の装飾をスライドさせる。
バシャアンッ!!
———————————————————————————————————
——— ………。
何かが身体を濡らした感触があって、視界が一瞬揺れた。
ぼんやりとしか映っていなかった世界が、一瞬だけはっきりと映って、また消える。
——— ……あれ…。俺、どうしたんだっけ……?
つい眠りすぎた日の朝のように、体中が重い。ふわふわと、まだ夢の中にいる気分だ。
どうしてだろうと考えて、でもすぐにその考えは霧散してしまう。
………。
……………せ……。
——— ……ッ…!?
突然、頭痛に襲われた。何かの声が聞こえるのに、……聞き取れない。
ただ、言うとおりにしなければ、という思いだけが生まれた。
……自分の意志とは、全く関係なく。
——— 駄目 だ
——— 聞いて は いけな い—— ………
ふっ、と意識が遠くなる。
それなのに、自分の身体が勝手に動いているのを、彼はどこか、夢の世界での事のように感じていた。
胸に浮かんだのは、一つの思い。
——— ないと…、探さ ないと…
…………ろせ……
——— 違 う あいつを…
…………殺 せ……
ズキン。
自分の中で戦う二つの意志で、彼の精神はもう限界だった。
鋭い痛みが突き抜けて、何が何だか分からなくなる。
「…助……て………!!」
自分の口が動いているのにも気づかずに、彼は意識を失った。
———————————————————————————————————
「え……?」
今一瞬、目の前の魔物が何かを言った気がして、クリスケは思わず動きを止めていた。
そこに、急に動きの早くなった魔物がエネルギー弾を次々に叩き込む!
「……っ!」
とっさに横へ飛んで避けて、それでもクリスケはその魔物から目が離せなかった。
魔物の口が動いて、そこから声がこぼれるのを、確かに見たのだ。
たった一言、でも、聞き取れる言葉で。
——助けてくれ……!
…と。
……しかもクリスケは、その声に聞き覚えがあった。
しかしすぐに、まさかそんなはずは無い、と頭に浮かんだ顔を打ち消す。
今は、この魔物をどうにかするほうが先だ。
「クリース、さっきから攻撃してるのに、全然この魔物倒れないっていうか…。
……効いてる、んだよね…!?」
「効いてるのは確かだ、でも…決定打になってない…!」
悔しげにクリースが言葉を返す。
聖水を浴びせるだけでは、直接的なダメージにはならないから、このような強すぎる魔物は倒れない。
聖水は、主に邪悪な精神…魔物の精神にダメージを与えて気絶させるものだから。
……あの魔物は女王に操られているのだから、ますます聖水は効きにくくなっているはず。
「とにかく、聖水の効果が現れるのを期待するしか…。
……クリスケ、私が連射する間、魔物の気をそらせてくれるかい?
そうすれば多少は、押さえ込まれている“元の意識”の力が強くなるはずだ!」
「分かったっ!」
ばっ、とクリスケが魔物の前に飛び出した。
魔物もその行動を予測していなかったのか、一瞬動きを止めて…クリスケを、見た。
その目が、分かるか分からないほどに見開かれる。
バシュンッ!!
その魔物の背後から、思いっきりクリースが攻撃を仕掛けた。
魔物が、高い悲鳴を上げる。
……悲鳴を上げる?
「…!?…今の…。人の悲鳴じゃなかった!?」
「元の意識が少しずつ出てきたみたいだ…!
クリスケ、あと少し…!もう少し注意を反ら…。……っ!」
ドォンッ!!
混乱した魔物が、所かまわずエネルギー弾を放ち始めた。
クリスケもクリースも、予測できない弾を避けるのが精一杯で攻撃ができない。
地面に伏せてギリギリで弾をかわしたクリスケが、悔しそうに魔物を見やる。
…これでは、自分たちの体力が尽きるほうが先だ。現に、クリスケも自分の体力の限界が近いことを感じていた。
「このままじゃ、オイラ達がバテちゃう方が先だよ…!」
「……っ、その前に、勝負をつける!」
弾を避けながら、クリースが魔物へ向けて銃を構えた。
あと、1、2撃。それだけでも当たれば…!
『……駄目だ、危ない!!』
その焦りが、油断となった。
クリスケの頭の中で、カーレッジが警告を飛ばす!
「……!クリース、危ない!」
「———っ!?」
クリースの正面に向かって、魔物がエネルギー弾を放った。
——至近距離すぎて、避けても余波が来るのは確実。
慌ててクリースも飛びのいたが、それでも間に合わない——!
ドォオンッ!!
衝撃波で、ぱっと葉や小枝が舞い上がった。
それに阻まれて、クリースの姿が見えない。
クリスケはクリースの名を叫ぼうとして…気づいた。舞い上がる爆風の中に混じる、光の風。
「まさか…!」
少しずつ晴れていく視界に映ったのは、あぜんとしているクリースの前で星流を構える、実体化したカーレッジの姿。
エネルギー弾そのものを防ぐことが間に合わないなら、と、その剣はクリースに迫る衝撃波を弾いたのだ。
「………いつまで、そうやって“自分”を忘れているつもりだ?」
珍しく、怒気を含んだ声。
カーレッジは、すっと魔物へと星流を向けた。
魔物を睨みつけたまま、口を開く。
「クリース、…魔物の顔を狙って、撃て!」
「……っ!」
鋭い声に、我に返ったらしいクリースが銃を構えて…そして、魔物へと向けて撃ち放った。
それに合わせるかのように、カーレッジが地を蹴って星流を振りかぶる。
「いい加減に、目を覚ませ——!」
バシャアンッ!!
剣から放たれる光の矢。
それら全てが、魔物へと放たれた聖水をくぐりぬけて、キラキラと光りながら突き進む。
スターシューティングは、操られている魔物には効果が無い。
しかし、そこに聖水の力があったなら?
放たれた聖水と光の矢が、同時に魔物へとたどり着く。
「—————— ッ!!」
長い悲鳴を上げて、ふいに魔物の動きが止まった。
真っ赤な、光の映っていなかった瞳の色が、少しずつ変わっていき…。
変わりきる前に、その瞳を落ちてきたまぶたが隠した。
そして、魔物が倒れるのと同時にカーレッジもその場からかき消える。
「………」
しん、と先ほどまでの戦いが嘘のように、辺りが静寂に包まれた。
…一呼吸を置いて、ぺたん、とクリスケが地面にへたり込む。
「…影の女王の力って…ここまで、大きいのか…」
辺りの惨状を見回して、改めてそんなことが胸に浮かんだ。
アリウスが崩れた日、キノールの村が襲われた日、そして今日。戦うたびに、敵の大きさを思い知らされる。
砕けた木の欠片を見つめて…でも、それでも、クリスケの瞳から光は消えない。
諦めたら本当にそこに終わりで、世界は滅ぶ。
その事を、本能で分かっているから。
『……クリスケ?』
カーレッジの呼び声で、我に返ったクリスケが慌てて顔を上げた。
——そのとたん、安堵で緊張が解けたのか、急にあちこちが痛み始めて複雑な表情になったが。
それを見て、離れた場所でクリスケを見ていたクリースが苦笑する。
「い、いだっ…;
…クリースは大丈夫?さっき、魔物の攻撃で…結構危なかったけど…」
クリースが頷く。
それを見て、クリスケは、クリースから魔物へと視線を移した。クリースも、つられた様に魔物へと視線を向ける。
倒れた魔物は、そこから動かない。
安全を確認してから、クリースが立ち上がってクリスケの近くへと近づいてきた。
「さっきは、本当にありがとう。クリスケがいなかったら、きっとあそこで私は倒れていた。
………。……ところで」
途中で、クリースが言葉を切った。
…その先に待っている質問はただ一つ。
「………さっきのキノピオは一体何者だい?」
それくらい、クリスケにも考えなくても分かっていた。
…問題が分かっていても答えが思いついていなければ意味が無いのだが。
無意識のうちに、クリスケの視線がすすすっとクリースから外れていく。
「……。…………えーと」
なんとなく(むしろ現実逃避)で、クリスケがふいっと横を向く。…視線を反らすだけでは間が持たなかったらしい。
その視界に倒れたままの魔物が映り、しぶしぶとクリースの方へと戻りかけた視線が止まった。
「……え?」
クリスケの様子に気付いたのか、クリースもクリスケの視線を追った。
そして、愕然として、その視線が魔物に釘付けとなる。
星色の光が魔物を包み、その姿が少しずつ変わっていく。
さっき、倒したパックンがチェスの駒へと変わってしまったときのように。
…しかし、光が消えた時、そこにあったのはチェスの駒では無かった。
『………!?』
その光景を目にして、カーレッジも息を呑んだ。
見覚えのある一枚の布を足に巻いた、一人のノコノコ。
倒れたまま動かないそのノコノコを見て、クリスケの頭の中が真っ白になる。
「……嘘だ」
一瞬のうちに頭の中に駆け抜けたのは、たくさんの彼の顔。
さっき、魔物の声を聞いたとき、…まさか、とは思った。
でも、だけど、絶対にそんな事は無いと思っていたのに。
…そんな事は無いと、信じたかったのに。
——— あの魔物は、女王に操られている。
一人状況が読めないクリースの前で、クリスケはそのノコノコに駆け寄り—— …。
彼の名前を叫んだ。
「—— …ノコ ……!!」
next・・・