どんなに願っても、叶わないことがある。
それどころか・・・この世界には、願うことすら許されない物さえあるのだということを、
私はあの日、思い知らされた———・・。
ーー四人の勇者の物語 7ーー 不思議の森
「・・・・マジョリン」
日が沈み始め、オレンジに染まる部屋の中に、静かな声が響いた。
シュワン、とマジョリンが床から現れる。
「お呼びですか」
「・・あの計画を実行しようと思う。
マリリンと共に、あの白い塔へ行くのじゃ。
後は・・分かっておるな?」
頷くと、マジョリンの姿は床に沈んだ。
それを見送ると、影の女王もまた、立ち上がった。
その手に握られているのは、7つの宝石。
ダイヤモンド、エメラルド、ゴールド、ルビー、サファイア、ガーネット、クリスタル。
ちゃり、と宝石を鳴らすと、影の女王の姿もまた、かき消えた。
「・・・・星の力を・・、わらわの手に」
その日、夜の訪れと共に。
都に残る人々は、天を貫く赤い光を見る事になった——。
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「その森には白と黒の木々が立ち並び、そして地面には黒を基調とした模様が浮かび上がっている。
その地にはプニ族という不思議な小さな一族が群れを成して住んでいる・・」
確かめるように地図に書かれた説明をもう一度読み上げながら、クリスケは恐る恐る顔を上げた。
・・目の前に広がるのは、説明文と全く同じ景色。
クリスケの持つ地図が、ふるふると感動で震えだす。
「つ・・ついたぁあー・・っ!
うわーいっ、二日間も森の中をさ迷ったかいがあったね、カーレッジ!
結局ばっちり迷子になっちゃったもんねっ!」
『やっと、だな・・。
はっきり言ってそんな嬉しそうに語れる内容ではなかったと思うが?
・・まあ、私も非があったのは確かだが・・;」
あれから二日。
どこでどう間違えたのか、寝坊したことで焦ったのが悪かったのか。
あの日の日暮れまでにはには不思議の森に着くはずだったというのに、
約二日間にわたって、彼らは当ても無く、森をさまよい歩くはめになってしまっていたのだった。
その間にどのような会話が繰り広げられたのかは省略させてもらうが。
「さってと、それじゃあさっそく・・どうしようかな・・?勇者がいるかどうか聞き込みもしないといけないし・・。
とりあえずはプニ族さんたちがすんでいる所を見つけないとね。
うーん・・?この道を真っ直ぐいけばなんとか着」
その瞬間。
“キェェエェェ———ッ!!”
「・・・っ!?」
クリスケの言葉を遮り、凄まじい叫び声が、木々の間を木霊して、大きく響き渡った。
反射的に振り返り、クリスケは声のした方にだっと走り出した。
相手が何なのか、等という考えは既にどこかに吹っ飛んでいる。
『・・行くのか?』
「当然っ!」
この単純さがいい所なんだよなあ、とカーレッジが内心で苦笑する。
「もしなにかあったら・・。
また魔物とかだったら大変だもん!
あんな事のあった後だし・・キノールの村みたいなことになってたら、助けなきゃ・・!」
『・・分かった、だが、もしもの事を考えて、まずはその辺りの茂みから様子を見よう。
もしも大群となると、作戦も考えておかないといけないし・・』
分かった、と答えてクリスケは近くの茂みに飛び込んだ。
クリボー族は背が低いので、もし魔物がいたとしてもこれで気づかれることはないだろう。
そして、そのまま、小枝をかき分けながら走り出す。
しばらく走った所で、小枝の壁の先に見える光景を目にして、クリスケは息を呑んだ。
「・・なに、あれっ!?」
前方に見えるのは、見たこともないブラックカラーのパックン。
・・と、見慣れない、小さな生き物だ。
しかも、クリスケの目の前でそのパックンは、小さな生き物に向かってがっと口を開いたではないか。
「・・・っ!?え、ねぇ、カーレッジ!パ、パ、パックンってあんな種族だったっけ!?
それと・・あの小さな生き物・・あれがプニ族?なんでこんな所に一人で・・!」」
『あれは・・確かに、プニ族だ!普通は群れでいるはずなのに・・!
それにしても、・・確かに彼らパックン族は、戦いを好む種族だけれど、いくらなんでも、おかしい・・。
何か別の理由が・・って・・・なっ!?』
カーレッジの言葉を待たずに、クリスケが茂みから飛び出す!・・のを、
必死で、実体化したカーレッジが止めた。
慣性の法則よろしく、どったんと派手な音を立て、足をつかまれたクリスケが転倒する。
「・・ふぇっ!?
ちょおっ・・何するのさっ、カーレッジッ!!」
「何するのさ、じゃないっ!死ぬ気か!?
あんな凶暴なのに突っ込んだら・・、お前が逆にやられるぞ!」
とりあえず声量は抑えているものの、強い口調で、カーレッジがクリスケを引き戻した。
実体化特有の、風と光の名残が、辺りの小枝を揺らす。
クリスケも、自分にどうこうできる相手ではないと自覚しているので、悔しそうに一度足を戻した。
・・と。
ぱき・・。
戻したクリスケの足が、運悪く一本の小枝を踏みつけてしまったらしく、小さくも鋭い音が響いた。
さーっと茂みの中の二人が青ざめる。
恐る恐る、例のパックンの方に顔を向けてみれば、案の定。
“・・ナンダ・・?”
その僅かな、枝の割れる音に気づいたブラックカラーのパックンが、きょろきょろと辺りを見回す。
そして、茂み・・の奥の、クリスケとカーレッジに目を留めた。
「げっ・・!ちょ、わっ、どうしようっ!
元来た道を戻・・っ、だめだ、あのプニ族の人残してけないよ・・っ!」
「・・・分かった、私がなんとかしよう。
クリスケ、私があのパックンをひきつけるから、その間にあのプニ族を、パックンから離すんだ!」
「・・え!?」
クリスケが“どうやって”と口を開く前に、バッ、とカーレッジは茂みを飛び出し、星流を構えた。
予想していなかった乱入者に、パックンが僅かにひるむ。
その隙を、クリスケも見逃してはいなかった。
「・・ああぁ、もう、どうなっても知らないからね!」
半ばやけくそ気味に、クリスケも茂みから飛び出し、
あっけにとられたパックンの横を走りぬけ、震えていたプニ族をひっつかんだ。
そして、(「うわぁっ!?」とそれは叫んだが、軽やかに流し)猛ダッシュでまた茂みに飛び込む。
荒い息で、急いでカーレッジの方を振り返る。・・と、クリスケは唖然として固まった。
視界の向こうで、カーレッジが星流を振り上げる。
あの、特徴的な構え方は・・。
まさか、とクリスケが呟く前に、カーレッジはひゅっと星流を横にないだ。
「・・スターシューティング!!」
その掛け声と共に、カーレッジの姿がかき消えた。
しかし、生まれた無数の星の矢はそのまま、黒いパックンに一直線に向かっていく。
カーレッジが自分の中に戻ったのを悟ったクリスケが、半ばパニックになりながらカーレッジに声をかけた。
「ちょ、カーレッジ!?さすがにこれはやりす・・!
あのパックン、怪我どころじゃすまないんじゃないの!?」
『私だってそれくらいは心得ている、元々、星流は闇の魂を持つ者にしか力を発揮しないんだ。
普通の者に対しては、力がすり抜けてしまってなんのダメージも与えられない。
だから単に、ここから追い払・・」
その言葉は、最後まで続かなかった。
カーレッジの言葉の途中で、すり抜けるはずの光の矢が、パックンに追いついたのだ。
そして、そのとたん。
星色の光が、爆発した。
・・カッ!
「・・、まぶし・・っ!」
『・・っ・・!?』
・・コー・・ン・・
響いた高い音に、恐る恐るクリスケが目を開く。
そして、その目が点になった。
先ほどまでパックンのいた場所にあったのは、小さな、黒いもの。
もう、あのパックンが本当にいないことを確認して、そっとクリスケはしげみを抜け出し、それに近づいた。
「・・?なに、これ・・?」
『・・見た目だけなら、チェスの駒にも似ているが・・。
どうして、こんな・・。あの星の矢も、すり抜けるはずだったのに・・?』
「分かんないけど・・。まさか、さっきのパックンがこれに・・?」
しばらくクリスケは首を傾げていたが、突然、「あ」と小さく呟いた。
「忘れてた;」
さっきから抱えっぱなしだったプニ族を、そっと地面に下ろす。
それから身長が低いプニ族に視線を合わすように、自分もしゃがみこんだ。
「えーっと・・ごめんね、抱えっぱなしで。
君は、プニ族だよね?大丈夫だった?」
「う、うん、そうだよ。ああぁ・・びっくりしたー・・。
助けてくれてありがとう。もう少しで食べられちゃうとこだったよ・・」
「うん、よかった。・・で・・。
ねえ、今の・・何?ただのパックンにしては、なんかこう・・雰囲気が」
クリスケの問いかけに、困ったようにプニ族は首を傾げた。
しばらく考えてから、ごめんなさい、と呟く。
「ぼくには分かんない・・。パックンだと・・思うんだけど・・。
さいきん変なんだ、みんな。向こうの・・お城のまちが、オーシャル・アリウスが、こわれてから」
『・・・!』
「やっぱり・・」
二人の脳裏に駆け抜けたのは、あの日の影の女王の高笑いだ。
キノールの村の魔物も彼女のしわざだったのだから、おそらく今回もそうなのだろう。
ただ・・、と、小さく、クリスケは呟いた。
前回の見たこともない魔物とは違う。
どうして、元々この世界にいたパックン達がおかしくなっているんだろう。
考えるように黙り込んでしまったクリスケを見て、
不安そうに、プニ族の少年はその顔を見上げる。
「・・クリボーさん、なにか知ってるの?
ねえ、森のみんながおかしいわけ、なにか知ってるの・・?なにか、わるいこと・・?」
「・・ううん・・ううん、なんでもないよ。ただの推測だから」
そっと、首をふる。こんな状況で、無駄な不安なんて無用だ。
それに・・、物言いからして、この少年はまだ自分より年下だろう。
・・多分、あの街の、自分の育った施設にいたチビっこ達と同じくらいだ。
自分がいなくなった後を想像しているのか、また黙ってしまったクリスケを見て、
プニ族の少年は慌てて口を開いた。
「ねえ、クリボーさん。
ここにいたら、もしかしたらまた、パックンが来るかもしれないから・・。
森のおくに、クリース兄の作った、かくれががあるんだ。一緒に行かない?」
「・・クリース兄?」
「ぼくらの自慢の、はつめーかのクリボーさんだよ。たくさんの本を読んでるから色んなこと知ってて、
魔物よけの、け・・けっかい?なんてのも張っちゃうんだから。
そこにいれば、安心なんだ。今日はぼく、たまたま外に出てて、道をまちがえちゃってたから、こんな事になっちゃってたけど・・」
「じゃあ、お願いするよ。もうあんな感じの人とは会いたくないし・・;
えーっと・・?」
言葉を捜して、クリスケの目線が泳ぐ。
その意味を理解して、ぴょんとプニ族の少年が跳ねた。
「プニフ!ぼくは、プニフだよ。名前が知りたかったんでしょ?
ねえ、クリボーさんはなんて名前なの?」
「オイラは、クリスケだよ。
じゃあ、プニフ、どっちに行けばいいの?」
「先を歩くから、着いてきて。えと・・ぼくから、はなれないでね?
ここら辺の道はぐねぐねになってるから、なれてない人はすぐに迷子になっちゃうんだ。
ぼくらみたいな、森に住んでる人でも迷っちゃうことがあるし。
・・もしかしてクリスケ、ここに来るまでにもう迷子になった?なんだか、よれよれしてるけど・・」
「うっ・・;」
図星である。
小さく呻いたきり言葉をなくしたクリスケに、カーレッジがさりげなく追い討ちを食らわせた。
『・・クリスケ、絶対にこのプニ族の子から目を離さない方がいいぞ』
「あああぁあ・・・・;」
しばし撃沈した後、思い出したようにクリスケは顔を上げた。
目線の先にあるのは、先ほどのチェスのような駒。
念のため足でつついてみてから、それを拾い上げる。
『持って行くのか?』
「うん、ほら、さっきプニフが言ってた物知りなクリボーさんになら、
この駒のこととか、人が凶暴になってる理由とか、分かるんじゃないかなって思って。
とりあえず、証拠品回収」
きびすを返して、ぱたぱたとクリスケはプニフを追いかけていく。
・・だから、気づかなかった。
その後ろで、光を遮るものはなにもない場所で、
ゆらり、と影が揺れたことに。
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ばぁん、とプニフはその木の洞の扉を開け放った。
そして、思い切り声を張り上げる。
「たっだいまーっ!」
一瞬の、間をおいて。
その声に、何匹かのプニ族が飛び出してきた。
「あーっ、プニフ!!
何処行ってたプニ!?もうお前はパックンの奴に食われたかと思ってたプニ!」
「えっ!どこどこ!?プニフ帰ってきたんだあー!
よかったぁ、よかったぁ!長老、長老っ、プニフ帰ってきたよーぉっ!」
「なにぃーっ!?
このプニフッ!心配かけおってからに!こりゃ、ちょっとそこに座んなさいッ!
この長老がたあぁーーっぷりその油しぼってくれるわ!!」
「わああん、長老、それはイヤですっ!
じゃなくて・・あの、長老、おきゃくさんを連れてきました!
さっき、ぼくを助けてくれたんです」
「なんじゃと?」
ひょい、と長老と呼ばれるプニ族が顔を覗かせる。
すると、プニフの後ろでかなり困っている様子のクリボーが見えた。
気のせいか、冷や汗までかいているような。
「おお、失礼したのう。
お前がプニフを助けてくれたのか?この長老、礼を言うぞ」
「えーっと・・そんな助けたって訳じゃないんですけど・・」
実際にあのパックンやっつけたのはカーレッジです。
・・などと言えるわけもなく、クリスケは苦笑する。
彼の脳裏に蘇っているのは、おそらくキノールの村のあの二人組みだろう。
あの二人も充分にぎやかだと思っていたが、上には上がいたようだ。
さながら、洪水のごとく・・
「って、そうじゃなくて!・・えっと、長老さん。
オイラ達、ここにいるっていう、発明家のクリボーさんに会いたいんですけど・・。
さっき、プニフも言ってますけど、変なパックンに会いました。
その人なら、原因を知っていたりしませんか?」
「・・む?クリースの事か?
ああ、あれなら奥の研究室にいると思うのじゃ。運が悪ければ、もしかしたら外の見回りにでも出てるかもしれんが・・。
そうじゃな、クリースなら案外何かをつかんどるかもしれんのう。
こりゃ、プニフ、この旅の人をそこまで案内してやっとくれ」
はーい、と答えて長老の後ろにいたプニフが跳ねた。
そして、半ば引きずられるように部屋を出て行くクリスケを見送りながら、長老は口を開いた。
「ところでオヌシ、名は何とー?」
「えーと、クリスケですっ。
それじゃ長老さん、失礼しま・・わっ!」
この隠れ家は、木が元なので、あちこちに根っこが出ているのであった。
ようするに、段差注意である。
どったんと言う音を聞きながら、長老はうむうむと笑う。
「やはりこの森に不慣れな者じゃのう、見ていて面白いわい。
クリスケよ、木の根っこには気をつけるんじゃぞー、
それと、もし敵にあったら、まっしぐらにここへ逃げてきなされ。結界とやらが張ってあるからのー!」
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「クリースにーいっ!
・・・あれ?」
一足先に部屋に飛び込んだプニフが、辺りを見回して首をかしげた。
「いない・・のかなぁ・・?
クリスケ、ごめんね、クリース兄どこかに出かけちゃってるみたい」
「あー、そっか・・っ痛ーッ!」
返事をしたとたん、また根っこに足をぶつけたらしい。
足にできた青あざを抑えて呻いているクリスケを見て、軽くプニフがため息をつく。
「・・・クリスケ、だいじょーぶ?
クリース兄はいないけど、少しだけならぼくも薬草のこと分かるから、青あざにお薬つけとこうか?」
「うん、ごめん、お願い・・;」
「じゃ、そこのイスに座ってて。
えーと・・それと。プニナ、プニト、さっきから後ろくっついてきてるのバレバレだよーっ」
「・・・え?」
きょとん、としてクリスケが元来た方を振り返る。
すると、扉の影から、ばつが悪そうな顔をした、先ほどの二匹のプニ族が顔を出した。
むーっとした表情をして、片一方がプニフを見やる。
「・・気づいてたんなら、最初から言ってほしかったプニよ、プニフ。
こっちはこっちでっ、プニフ達に見つからないように一生懸命静かに歩いてきたのに、その努力が無駄になったプニーっ!」
「へへーん、プニト達がしずかに歩いたって、おんなじプニ族のぼくにはバレバレだもんね。
それじゃ、さっそくお薬出すのてつだってね♪」
「あーん、私まんまとワナにかかっちゃったのね。
プニフー、もしかして最初っから私たちを連れてくる気でいたんじゃないのー?」
「ぴーんぽーんっ!大当たり!」
(少々皮肉に)にっこりと笑うと、プニフはがさがさと薬草箱を引っ掻き回し始めた。
それを横で見ながら、プニトがしげしげとイスに座っているクリスケを見つめる。
視線に気づいたクリスケが、かくんと首を傾げた。
「どうかした?」
「ううん・・。ねぇ、クリスケ。
クリスケは、あの怖くなったパックンと直接会ったんプニよね?
ねえ、そのパックン、その後どうなったプニ?」
「・・・え?」
意外な問いかけに、クリスケが思わず聞き返す。
プニトはじれったそうにまた一度跳ねると、一気にまくし立て始めた。
「最近、森のみんなが確かにおかしいプニ。
でも・・その、長老やクリース兄ちゃんが言ってたプニ。
元々森にすんでた人たちは、一人もおかしくなってない、て。ちゃんと調べたって言ってたプニ。
だったら・・その怖いパックン達はなんなんだプニ?
って、ずっと思ってたプニ。クリスケなら、そのパックン倒したんなら何か知らないかなーって・・」
「あ、それ私も思ってたのっ!だってだって、皆確かに私たちの事いじめてたけどね、
だーれも、今までだーっれも、私たちに直接手を出したりはしなかったのに!
クリースは何も言ってくれないけど、私たちでもおかしいなってくらい、ちゃんと分かるもん」
ねーっ、と二人のプニ族が顔を見合わせる。
その一方で、クリスケは困ってしまった。
先ほどの、すり抜けなかったスターシューティングの力。残った、一つの黒い駒。
果たして、この子たちに話しても良いのだろうか。
『とりあえず・・話してもおいてもいいと思うぞ』
「・・・分かった。
えーとね・・そのパックンなんだけど、倒れた後、これに変わっちゃったんだ」
最初の言葉は、小さく呟いて。
クリスケは、先ほどの黒い駒を取り出した。
興味津々で、プニトとプニナ・・薬草を持ったまま、プニフも覗き込んでくる。
「あ、これ、ぼく知ってるよ。
クリース兄が、一回見せてくれたんだけど・・“チェス”って名前のゲームの駒じゃない?」
「うん、カー・・、オイラも、そう思う。
でも、なんでパックンが突然こんなのに変わっちゃったんだかは、さっぱり・・」
「そっかー・・。残念プニ。
でも、きっとクリース兄ちゃんなら何か知ってると思うプニ!戻ってくるまで、待っててくれるプニよね?」
「カーレッジもそう言ってた」と言いかけた言葉を飲み込んで、慌ててクリスケは頷いた。幸い、プニトは何も気づかなかったようだ。
テーブルの上にその駒を置いて、クリスケはプニフに渡された薬草を、例の青あざの部分に包帯で巻きつけ始めた。
それを覗き込みながら、不安そうにプニナが呟く。
「ねえ・・。本当に、クリスケは何も知らないの?」
包帯を巻く動きが、止まる。
うろうろと視線を宙に泳がせながら、困ったようにクリスケは瞬きをする。
出来るなら、余計な不安はかけたくない・・のだが。
教えても・・、いいと思う?
『・・そうだな。嘘を教えるよりは・・。
ちゃんと本当の事を教えておいた方が、余計な想像をさせなくてもすむかもしれない』
無言の問いかけと、クリスケにしか聞こえない答え。
あきらめたように、クリスケは軽くため息をついて、チェスの駒に視線を向ける。
「それは・・。えーとね・・。
・・・・・・。あのね、もしかしたら、オーシャルを壊した人が・・関わってるかも知れない」
「オーシャルをこわした人・・?」
「うん。怖い、魔法使いで・・この世界とは違う所からやってきた人で、
名前は、影の」
・・かた。
「女お・・・、あれ?」
目の前のチェスの駒が僅かに動いたような気がして、クリスケが言葉を止める。
そしてそれから、一瞬遅れて。
さっ、とクリスケの中に嫌な予感が走った。
「・・・離れて!!」
ブワァッ!!
「きゃ——っ!」
「なっ・・なに、なにプニッ!?」
その黒い駒の周りを、黒い風が、黒い光が渦巻いた。
バサバサと音を立てて、部屋の書類が風に舞う。
必死で、三匹のプニ族を抑えながら、クリスケは見た。
机の上の黒い駒。
自分達、合わさった4人の影から飛び出した影の腕が、どさくさに紛れ、それに向かって手を伸ばすのを。
『しまった・・!』
黒い風の中に、光の風が舞う。
実体化したカーレッジがそれに向かって星流を振り下ろすが、影の手の方が早かった。
「残念だったねぇ・・!女王様の駒は、返してもらうよ!」
先ほどのチェスの駒をその手に握ったままで。
嫌な響きの声を残して、しゅん、と腕は影の中に引っ込んだ。
その声に、カーレッジが顔色を変える。
「・・・あの時の・・!」
———————————————————————————————————
「な・・っ、なんだったプニっ、今の!?
クリース兄ちゃんの結界があるのに!」
「今の・・今の変なの、私たちの影から出てきたよっ!?
いやーっ!!気持ち悪いっ!」
半泣きになりながら、プニナが自分の影をげしげしと攻撃し始める。
唖然として、クリスケも自分の影を見下ろしていた。
「今、の・・?な、な、何だったの・・?」
『・・・影の女王の右腕だ』
苦々しげに、カーレッジが言葉を返す。
え、とクリスケが聞き返す前に、カーレッジは続ける。
『私が・・殺されたとき、影の女王の傍らに、あの声と同じカゲ族が控えていた。
あの一族は、この世界の全ての影を渡り歩くことが出来る。
多分・・今回は、クリスケたちの影を抜け道にしてここに来たんだろう。結界も効くはずがない』
「てことは・・今の、影の女王の仕業・・!?
どうして・・」
どうして、と繰り返しながら、それでもクリスケは顔を上げた。
分からないことだらけの中で、、たった一つ分かったこと。
影の女王が次に狙うのは・・・。
この、不思議の森だ。
「・・プニフ、プニナ、プニト、よく聞いて!
どうしてかは分からないけど・・今、オイラ達の街を壊した奴が、今度はこの森を狙ってる!
いい、長老さんや他の人にもこの事を伝えて。クリースさんにも!」
「わ、分かった・・!けど!
ねえ、クリスケ、なんでなの!?ねえ・・ぼくらの森、どうなっちゃうの・・!?」
クリスケを見上げてくる三対の目が、不安で揺れている。
きゅっ、とさっきの包帯を結びなおして、クリスケは言い切った。
「・・大丈夫!
オイラが、絶対なんとかしてくるから。
だから、プニフ達はここを守ってて。約束!」
こく、と三人のプニ族が頷くのを見届けると、クリスケは部屋を飛び出した。
半ば呆れたような、感心したような声が頭に響く。
『・・クリスケ』
「うぅ、ごめん、またキノールの村の時みたいに暴走しちゃった・・。
でも、・・ほっとけなかったから」
木の根っこにつまずきそうになりながら、クリスケは元来た道とは反対の扉から飛び出した。
そして、行き先の見当がついているかのように、真っ直ぐ走り出す。
「あのね、さっきのプニ族の三人・・。
オイラがいた所のちびっ子達に似てたんだ。だから、余計・・どうにかしなきゃって」
『・・たとえ、あの子達がお前と同じ年頃だったとしても、こうなっていただろうなと思うが?』
「あ、やっぱり分かってた?」
『お前のことだから』
そんなに分かりやすいかな、と内心で冷や汗をかきながら、クリスケは足を止めた。
そして、目を閉じて耳を済ませる。
「・・・・あっち、かな」
右に曲がって進み、また止まっては耳を済ませて曲がる。
音を頼りに進んでいるのだろうが、カーレッジにはなんの物音も聞こえない。
カーレッジの内心を、嫌な予感がかすめた。・・まさか、とは思うが。
『・・クリスケ、どこに向かってるんだ?
さっきから・・私には何も聞こえないが』
「えーと・・。自分の勘が示す方へ進ん」
『・・勘っ!?おい、それはあまりにも・・!
さっき、あのプニ族の子も言っていただろう、道が複ざ』
「わ、待って待って、心配しないで!
残念だけど・・」
言葉を遮ったカーレッジを遮り返し、クリスケは辺りを見渡した。
そして、目当ての物を見つけたらしく、その視線が止まる。
「・・こういう時のオイラの勘は、一回も外れたことがないんだよね」
視線のさきの茂みが、何かが無理やり通ったように、
小枝が折れ放題になっていた。
———————————————————————————————————
「・・マジョリン」
静まり返った部屋に、一つの声が響く。
それを受けて、マジョリンがシュワン、と音を立てて床から現れた。
先日と、全く同じように。
「先の報告を」
「はい。女王様の力を宿した駒で、あの村・・ラワー・カノースから魔物を退けたという民ですが、
おびき出すことに成功しました。
今は、あの結界の張られた木から離れて、森の中を走り回っている様子です」
「そうか。・・・例の、あれとは?」
「出会うのも時間の問題かと思われます」
マジョリンの答えに、満足そうに女王は頷いた。
その手が、七つの、星型の宝石を弄んでいる。
「わらわの力が増えていくのがしかと分かるわ・・。
マジョリン、引き続き、監視を」
「はい」
一礼して、マジョリンが部屋から消える。
ひらりと手をひるがえして、女王はその七つの宝石を宙に浮かべた。
人々は、その宝石を、後にこう呼ぶこととなる。
———スターストーン、と。
next・・・