・・私は、勇者たち以外には気づかれる事のない、魂としてこの世界に帰ってきた。
勇者たちを探し出し、この世界を守るためとして。
帰る事を許されたのは、その理由があったから。

それだけの存在。

あいつと出会えるまでは、ずっと一人でガレキだらけの街を彷徨っていた。
・・魂の身体ゆえに、誰にも気づかれることはなく。

今は違う。・・私は、一人じゃない。
すぐ近くで、楽しそうに笑って、私に話しかけてくれる、大切な友人が傍らにいる。

・・でも・・
だからといって、私が「寂しい」「悲しい」と思わない訳がないだろう——・・?
誰にも、話すことが出来ないだけで。




ーー四人の勇者の物語 6ーー 追憶




「えーっと・・」


磁石で北を測っていたらしいクリスケが、よし、と頷いた。


「こっちが北だからー・・。
 カーレッジ、ここから先には集落はないみたいだし、とりあえず北に進んでみる?」

『ああ、じゃあそうしてくれ。
 確か・・。このドラドラ地方から北に行くと、不思議の森、という所がある。
 とりあえずは、その周辺に・・』

「うん、了解。んー・・、大体、歩きで一日くらいかなー?」


首を傾げながら、目測でクリスケが地図の距離を測り始める。
・・と、突然、その動きが止まった。
不思議そうに、カーレッジが声をあげる。


『・・どうした?』

「いやそのー・・。この地図によるとさ・・。不思議の森までの道が迷路みたいになってて・・。
 森へ直通の道は、オーシャルまで戻らないとないみたいだし、
 確実に迷うだろうな、って考えや、
 地図持って右往左往する自分の姿が頭をかすめてね・・;」

『行く前から道に迷う心配をしなくても;
 一応・・この周囲の地理は頭に入っているし、多少・・なら、私にも道案内はできるから』

「そうしてもらえると助かるよぉ・・」


くるくると地図を巻きながら、ふと、思い出したようにクリスケが尋ねる。


「そういえば・・。カーレッジ、王族なのになんでそんなに旅に詳しいの?
 なんか、王族ってそういうのとは無関係な印象があるんだけど・・」

『・・そう、か?』


一旦言葉を切った後、カーレッジは苦笑して。
静かに、言葉を紡ぎ始めた。


『小さな頃・・・』



———————————————————————————————————



月の光の差す、玉座の間。
月光を背にして、カゲの女王は戻ってきた部下を見下ろしていた。
目線の先では、影の竜が冷や汗をかきながら、うつむいている。
そして、その竜は恐る恐る口を開いた。


『・・申し訳、ありません・・このような・・失態を』

「お前ともあろう者が・・ただの国の民に敗れるとは・・。
 面白いこともあるものよのう・・?」


軽い、口調。
しかし、その目は決して笑みをたたえてはいない。
その影の竜を見据えたまま、影の女王はどこかに呼びかけた。


「マジョリン」


その声に、ふっと床から現れる影がある。
影の女王は、相変わらずその影の竜を見つめたまま、短く、言った。


「魔法解除を」


その言葉に、影の竜がびくっ、と震える。
マジョリンが、「了解しました」と答えて、すっと右手を掲げる。
彼女の鋭い声が、広間に響きわたった。



「・・チェックメイト!」



『———————っ!』



声にならない悲鳴が、木霊する。
普通の人ならば耳を塞ぎたくなるような、そんな悲鳴。
それでも影の女王は、竜から視線を外さない。黒い風が・・いや、闇色の光が、竜の周りを渦巻いた。


・・ぱぁんっ!


風船を破裂させたような音が、余韻となって最後に響く。
それを見届けると、マジョリンは掲げていた手を下げて、影の女王を振り向いた。


「・・終了しました」

「所詮は、魔法で作られた幻・・。悲しいものじゃのう?
 生きているように見えても、所詮それは」


女王の言葉に続き、カツーン・・、と、硬い音を立てて、床に落ちた物。

影の女王は、物体に命を吹き込む力を持っている。
しかし、それは所詮幻の命。解除呪文を唱えるだけで、その命は描き消える。
・・面影もない、「竜だった」黒いチェスの駒を見下ろして、淡々と女王は続けた。


「マジョリン、ゴンババたちの様子は」

「・・以上無しです。
 今回の・・彼らの影を元にして、他の物に移す実験の後も・・とくに支障は無く。
 今一度、連れてまいりましょうか?」

「・・いや、よい。今はこれで充分じゃろう。下がるのじゃ。
 して・・ビビアンはどうした?姿が見えぬが」

「・・たっ、体調不良で部屋におります」


マジョリンの言葉に、カゲの女王は一瞬眉をひそめたが、すぐに、シュッ、と扇を振り下ろした。
カゲ族の間での、「下がれ」の意。
ヒュン、と音を立ててマジョリンが影の中に消える。

影の女王は、軽くため息をついた。
大方、ビビアンは竜を連れて来させられて、怪我でもして寝ているのだろう。


「・・さて」


扇を置くと、す、と影の女王は窓の外を見上げた。
少しかけた満月の浮かぶ、群青色の空を。


「そろそろ、実行に移す時が来たようじゃな・・」


星を、見上げて。
にい、と女王は微笑んだ。


——・・この世界も、じきに滅びよう・・。


そう呟いて、後ろの扉を振り返る。
そこに刻んであるのは、女王がどんな手段を用いても消えない、王家の紋章。
目の端に、最期に自分に向かってきた王の姿がちらついた。


「・・部屋に焼きついた記憶か」



一瞬の、幻。



「・・アルタイル王家よ、主らの築き上げてきた世界、
 このわらわが滅ぼしてくれようぞ・・?」


ふわり、と。
また、王の・・否、小さなキノピオの姿が浮かんで、消えた。
寂しそうにうつむいた、小さな小さな、王子の幻——・・。



———————————————————————————————————



『・・小さな頃、その頃は特に父様も母様も忙しくて、
 私はたいてい、乳母の人たちや、城にたった一人いた、同年代のキノピオの女の子と過ごしてた。
 城の外の事なんて、本の中でしか知らなかったよ』


あの後、カーレッジは『長くなるから寝る前に話す』と言って、
分かれ道の度に右往左往するクリスケの道案内を続けた。
そのかいあって、今クリスケが地図を見る限りでは、道は合っている・・と思われる。


『それで・・ある時、私が“城の外はどうなっているのか”と聞いたら、
 そのキノピオの女の子が・・』



——・・ノンが、王子さまにおしろの外を見せてあげます。

——・・僕に?ところでノン、僕のこと王子様って呼ばないでっていつも・・。

——・・だって、そんなことしちゃダメだって・・。えっと。ノン、母さんから教えてもらってるんです。
    ろーかのとこの、ひみつの抜け道のこと。王子さまを連れてってあげます!



『私を外に連れ出してくれる、という事になってね。
 それで・・、脱走計画を立てたんだが、見張りに見つかって・・ものすごい勢いで怒られて、
 小さい子同士が立てた計画だったから・・うん、昼間に抜け出そうとしたあたりでもう駄目だったな、今考えると』


ふっ、とカーレッジの声に懐かしさが混じった。
目の前の焚き火を見つめながら、クリスケが首を傾げる。
王族、とは言ってもやんちゃな事をするあたりは、やはり普通の子と一緒なのだろうか。


「なんか、意外だなぁ。カーレッジでもそんな事してたの?」

『そんな事、って・・;どういう意味だ、それは』


軽く呆れたような声に、必死でクリスケが弁解を始める。いわく、
「え、いやほらっ、カーレ・・じゃなくって、
 王族の人たちがそんな事してるなんて思わなかったんだよっ!」
と。


・・名前を言いかけているあたりでバレバレなのだが。


心の中で、カーレッジは苦笑交じりに呟いた。
当の本人は未だに弁解を続けているが、かまわずに話を再会する。


『・・そして・・。その日の夜に、不思議なことが起きたんだよ』

「・・不思議なこと?
 なに、昔話みたいに魔法使いが出てきたとか?」


軽い、冗談のつもりで紡いだ言葉。
だがしかし、それに返ってきた言葉は、
クリスケの予想した『・・何言ってるんだ;』という類のものではなく、思い切り、反対の類だった。



『ああ、そっちに近いな』



「あ、やっぱ・・。・・・って、はぁッ!?」


平然としているカーレッジの声とは逆に、クリスケの声は軽く1オクターブひっくり返る。
そのまま混乱して、
「え、なに、今そっちに近いって言った!?オイラの耳が、オイラの耳がおかしくなっただけっ!?」
・・などなどと喚いているクリスケを見て、今度こそカーレッジは深々とため息をついた。


『・・私は、魔法使いに近い人と言っただけで、魔法使いその者だとは言っていない。
 それに、魔力を持つカメック族やマホーン族以外にも、
 普通の一族に魔力を持つ者が生まれることはあるんだぞ』

「ううぅう、それはオイラも分かってるよぉ・・。
 じゃあ、その“魔法使いに近い人”っていったい何なの?」


その問いかけに、カーレッジがもう一度話を再会する。


『そのキノピオの子・・ノン、っていったんだが、その子と、二人して窓から夜の街を見下ろして、
 今度もう一度やってみよう、って話してた時に、突然部屋に現れた人がいたんだ』



——・・あなたは・・?

——・・今日から新しく新任したメイドです。すいません・・お話を聞かせてもらっちゃいました。
     私が、王子様の願いを叶えてあげましょう——・・。



『いつのまにか気づかないうちに、扉を開けて立っていたキノピオの女の人。
 ところが・・その人はメイドだったんだが、城の中で誰も、彼女の事を知っている人はいなかったんだ。
 それに』


カーレッジが、一度言葉を切る。
その後のカーレッジの言葉に、クリスケは目を見開いた。




『その人がいなかったら、
 私は王位についていなかったのではないかと思うよ』




「・・!?」


懐かしそうな、でもすこし寂しそうな声色で、カーレッジが話を続ける。
その人の助けもあって、最終的には城から脱走したこと、街の人たちと出会ったこと。
そしてノンからその時聞いた、彼女の旅をするという夢。


『その話を聞いたときから、それは私の夢でもあったんだ』とカーレッジは続ける。
この辺の地理知識は、ほとんどがノンからの受け取りなのだという。



『あの人は・・普通のメイドの人とは違って、私を真っ直ぐに見てくれる人で・・。
 姉さんみたいだ、って思ってた。
 15の時、最後まで迷っていた私に即位を決心させたのは、あの人の見せてくれた街の風景があってこそ、だったんだ』


言葉を切り、静かにカーレッジは笑う。


『人の背中を、そっと後押ししてくれるような・・。
 彼女は、そんな優しい形ない魔法を使う、ふんわりとした不思議な人だったんだよ』

「そんな事があったんだ・・。
 だからカーレッジは、その人の事、魔法使いみたいな人だった、って・・?
 じゃあその人たち、今はどうしてるの?」


『私が彼女をそう呼ぶのはその理由で合ってる。
 それから・・。ノンは、今から2年前、私の即位の1年前に、夢をかなえたんだ。
 年に1度帰ってくるとき以外は、旅芸人として旅をしている。
 メイドの人の方は、・・私も、知らないんだ。戴冠式の次の日に、突然いなくなってしまったから』


カーレッジの声が、最後に僅かに沈むのを感じ取って、クリスケは内心でしまった、と呟いた。
聞かないほうがよかったらしい。



「そっか・・」



クリスケの短い返事の後、しばらくの沈黙が流れた。
そのうち、クリスケは眠ってしまったらしく、カーレッジの視界も合わせて遮断される。
クリスケに宿っているカーレッジにとっては、視覚もクリスケと共有なのだ。
そろそろ自分も眠ろうか、と思ったとき。




「・・・たい・・?」


メイドさんに、会いたい?




一瞬、カーレッジの思考が固まる。
もし実体化していたなら、間違いなく表情が強張っていただろう。
クリスケの、寝言だった。とはいっても、それが図星だから恐ろしい。


『・・・やれやれ・・。いつでもお前はお見通しなんだな』


キノールの時もそうだった。
自分すら気づいていない心の底まで、このクリボーには伝わってしまう。


——・・貴方は、もう私がいなくても大丈夫です。
     でも、忘れないで下さいね。私はいつも、側にいますから。


即位の日の、あの人の言葉がよみがえる。
あれいらい一度も会っていない、自分の背を押してくれた一人のメイド。

・・今、どこにいるのだろうか。



『レーティ・・』



ぴとん、と。
水に波紋が広がるような、そんな音がした。



———————————————————————————————————



——・・貴方がどこにいても、きっと貴方を見守っていますから・・


『・・・』


微かな声が聞こえた気がして、カーレッジが目を開いた。・・いや、正確には開けている訳ではないが。
耳を澄ませてみても鳥の声はしないから、きっとまだ夜なのだろう。
・・夜の闇に、静かなため息が響いた。


『空耳・・か。それとも・・夢の中の声か、な・・』


クリスケに昔のことを話したからだろうか。
小さく呟いて、カーレッジは今見た夢をを思い返す。



夢を見た。


自分が消滅した、その直後の記憶の夢。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・最後に見えたのは、あの影の女王のあざ笑うかのような笑み。
危険を察知する前に、あの赤い雷は・・私を消滅させた。


そして。
その後、無理を言って天から帰ってくるとき、どこからか響いてきたあの不思議な声。
あの時の、言葉一つ一つさえしっかりと覚えている。



“・・王よ、聞こえるか”


“我はお前に伝えなくてはいけない。
影の女王は、またもや一つの世界を我が物にせんとしている。
・・彼女を食い止めなければならぬ”


“だがしかし、お前も分かっているだろう。お前の力では、影の女王にはとても及ぶまい。
・・探すのだ。この世界を守らんとする勇者たちを・・”


“・・案ずるな。お前の声が届く者、それがお前の探しし者だ。
地上に降りてしばらくは、我がお前に力を与えよう——・・。



私の考えていたことも全て見通していたようだったな・・。
言おうとしていた事を完璧に先回りされて、唖然とする間もなく、次に気がついたら私は地上にいた。
・・よりによって、あの城の真上に。


・・クリスケ、・・いや、今はお前は寝ているけれど。
自分が守ろうと、そう決意していた街が、人々が、目の前で何もできずに消えていくのを見るのは・・。
相当胸の潰れる思いだったんだぞ・・?


しかも、約1ヶ月の間、やっと見つけたお前は気を失ったままだったし。



私に・・

もっと、力があればよかったのに・・



——・・そんな呟きも、誰の耳にも届くことなく、消えていく。



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翌日のこと。
昨晩のことは何も知らないクリスケが目を開けた。
真上からの日差しに、瞬きをする。


「・・あ、れ・・?もう朝・・って、あれ?」


朝のはずなのに、日差しは真上から降り注いでいる。
クリスケの思考が、混乱して一瞬停止した。そして、瞬き一つの、間をおいて。


「わあああぁあっ!?すっごく寝坊したッ!!
 カーレッジ、起きてる!?ねえ!太陽が真上に!昼まで寝ちゃったよーっ!?」

『・・ん・・。なん・・どうした・・?』

「めずらしい、カーレッジが寝過ごすなんて・・。
 ねえ、あのさ、・・今、昼なんだけど、日暮れまでに森に着く・・?」

『・・昼っ!?
 しまった・・。・・まあ、急いでいけばなんとかなるとは思うが・・』

「よ、よしっ、急ごうっ!」



はたして、なんとかなるのだろうか。








next・・