ーー四人の勇者の物語 4ーー 怪力のキノピオ





「ここまで、来れば……」


村はずれの岩場まで来た所で、キノールはざっと魔物の群れと向き合った。
ターゲットが止まったのを確認した魔物が、一斉に急降下してくる。
微動だにせずにそれを見つめていたキノールは、魔物が目の前まで迫った瞬間、突然その身をかがめた。



ざざざざぁっ・・!!!



急な動きに着いて行く事が出来ずに、頭上すれすれを魔物が通過する。
その風圧に耐えられるように地に片膝をついたまま、キノールは通り過ぎた魔物の群れを振り返った。
宙で、魔物の群れが大きく向きを変え、再び自分へと向かってくる。
それを見つめ、キノールはばっと跳ね起きると、近くにあった石を持ち上げた。
…いや、一抱えほどの大きさもある石は、もはや岩と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
腕に力を込め、その岩を遠心力を利用して投げ飛ばす!


「や——っ!!」


空気を切り裂く音が響き、群れで突っ込んできていた魔物が目に見えてひるんだ。
混乱はためらいを生み、それが決定打となった。
先頭を飛んでいた魔物の身体に、鈍い音を立てて岩が直撃する!


『——————!!』


悲鳴の鳴き声を上げて、もんどりうった魔物が後ろを飛んでいた魔物2匹を巻き添えにして落下した。
大地へと叩きつけられたとたん、ぱっと黒い霧のようになってその身体が消える。予想外の出来事に、キノールは一瞬だけ動きを止めた。
逃げるように散っていた魔物が、それを見逃さずに一気に急降下を仕掛ける!


「……っ!」


ここまでの戦いで、相手のパターンは読めている。
タイミングを計って、身体を横へとずらす。呼吸一つの間を置いて、魔物と自分の身体がすれ違う瞬間に、腕を伸ばす。
そして——



…ぶんっ!!



宙へ投げ出された魔物の身体が、一体を犠牲にして黒い霧になる。
最後の一体が、自棄を起こしたように突っ込んでくるのをキノールは見つめ、タイミングを計って思い切り腕を振り下ろした!
手刀をまともに食らい、その魔物の体も掻き消える。
…どうやら、ここに来るまでの自分や村人たちの攻撃で、既に随分弱っていたらしい。


「…終わっ…た…?」


しん、と静まり返った岩場で、荒くなった息を整える。そしてキノールは、まだ魔物がいないかどうか確かめるために顔を上げ——、
その瞳が、凍りついた。
視線の先の、岩場の影に“人影”がたたずんでいる。
ソレは、キノールの視線に気づくと、ふっと顔を上げて微笑した。


『なかなかやるな、こざかしい村人よ』

「……っ…!?」


先ほどまでいなかったはずの存在。その微笑みの裏にある憎悪に、キノールが息を詰めて半歩後ろに下がる。
大きな岩の影になるように、そこに浮かんでいる人影。
まるで影のように、身体の色全てが薄黒い。そして、その背に生えているのはドラゴンの翼。
雲が切れて現れた、沈みかけている太陽を背にして、その人影は微笑みを消してにっと口角を上げた。


—— …これが、あの影たちのリーダー…!?


直感が、そう教えた。
この存在は、今までの魔物とは核が違う、ということも。
ひるみそうになる身体を必死で叱咤して、キノールはその人影…魔物を睨み返した。
ますます、魔物が気味の悪い笑みを深くする。


『……手を出すまでも無いと思っていたが、まさか、我の僕を全て倒してしまうとは…面白いこともあったものだ。
 出てこざるを得なくなった。村へ辿りつくまでの魔法力の援助だけで充分だと思っていたのだが』


…やっぱり、とキノールは小さく呟いた。
一番最初に見たとき、魔物の群れがあんなに速く飛んでいたのは、おそらくこの魔物が関わっていたのだろう。
それだけの実力があるという事を悟りながらも、キノールは魔物を睨みつけたまま叫ぶ。


「…何だか知らないけどっ、…村から…出て行け!!」

『あいにくだが』


すっ、と魔物が右手を前に出し、大地へとかざした。
聞き取れない呪文を呟き、空を切るように右手を横へと振り払う!



…ぶわっ!!



岩や木の影になっている部分から、先ほど倒したはずの魔物たちが、傷一つ負っていない姿で飛び出した。
しかもその数は、一目見ただけでも、先ほど必死で引き付けてきた魔物たちよりも多い。
驚愕と焦りで目を見開いたキノールの目の前で、ばさり、とその魔物は翼を広げた。
瞬間、魔物の身体を中心とするように、すさまじい風が巻き起こる!


『我を倒さぬ限り、我の僕もまた不屈。事の終わりには、総員で貴様と村人たちを永遠の絶望へと案内してくれよう。
 しかして、まずは貴様から手にかけてやる—— …終わりだ!』


風から庇うために、急いで腕で顔を覆おうとした瞬間、キノールは見た。
魔物が、風をまとう様にしてその身体を変えていく。
人の輪郭が消え、身体が大きく膨れ上がり、輪郭がドラゴンの形になり——。
今までの魔物とは比べ物にならないほど、大きなドラゴンが現れた。
一気に形成が逆転したことと、目の前に現れた存在が信じられなくて混乱したキノールの耳が、風が唸る音を聞き損なう!



…ガッ!



「…ぅあっ……!!」


足に鋭い痛みが走って、キノールはとっさに片膝をついた。
何事かと目をやると、そこに転がっているのは拳大の石。まさか、と目を見開くのと同時に今度は左腕に激痛が走った。
吹き荒れたのは、風だけでなく。
魔法の嵐に乗って、石や岩が舞い上がる!


『汝、岩によりて大地の砂になるがよい!!』


ドラゴンの言葉を受けて、舞い上がった石や岩がキノールへと向かう。
唖然として動けなくなっていたキノールは、ぐっと自分の右腕を掴んで表情を変えた。
迫り来る竜巻と、竜巻の周りを飛び回っている魔物たちを、跳ねつけるかのように強く見返す。


「…負け…て、たまるか—— …っ!」


そして、立ち上がる。竜巻を見据えたまま、キノールは両手を握り締めた。







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時間は、ほんの少し前へと遡る。
キノールが、魔物たちを引き付けて村はずれへと駆けている頃。


「…こっちも行き止まり……!」


森の中で、クリスケが別の崖に道を阻まれて呻いた。
先ほどから何度か、このように直進が出来なくなって方向転換を繰り返していたせいで、
自分がちゃんと村に向かって走れているのかどうかももはや分からない。
焦りを隠せずに、クリスケが声を荒げながら左右を見渡す。


「どうしよう…魔物たちが先に着いちゃう…っ!」

『せめて、太陽が見えれば方角が分かるものを…!
 …確実では無いが…、風向きで方角を推測するしかない、この時期吹く風は、海を背にして吹いてくる!』

「……ちょっとでも可能性あるんなら、それに賭けるよ!
 …えと…、向こうから吹いてるんだから……こっちだ!」


カーレッジの言葉に、風向きを確かめて、くるり、とつま先の向いていた向きを変える。
背後から吹いていた風が、右側へと吹き付けた。
少しずつ大きくなっていく不安を振り払うように、クリスケは再び走り出す。


「間に合うと良い…けどっ…カーレッジ、オイラたちもうどれくらい走ったっ!?
 崖から落ちるまでも大分走ってたし、落ちてからももう結構走ったよ、ね…!
 ……っ、方角があってるなら、そろそろ着いてもおかしくないのにっ…!」


荒い息をつきながら、クリスケが木立の角を曲がった、その時。



どんっ!!



「…うわっ!?」

「きゃあっ!?」


突然飛び出してきた何かにぶつかって、クリスケは危なく後ろに倒れそうになった。
何とか足を踏み変えて顔を上げると、額を押さえながらくらくらと目を回しているキノピオの少女が見えた。その横で、ノコノコの少年が呆れたようにため息をついている。
突然現れた二人に、クリスケがあっけにとられて目を瞬いていると、少女の方もようやくクリスケに気づいたらしい。
恥ずかしさからか顔を赤くして、ぱっと頭を下げる。


「…ごっ、ごめんなさい!慌ててて…!もう、あんたも謝りなさいよっ!」

「…………」


少女に急かされた少年が、呆れたようだった表情を険しいものへと戻した。
そして、何かを堪えているかのようにふいと向こうを向いてしまう。微かに——だが、クリスケは悔しげな歯軋りの音を聞いた気がした。
少女が、焦れたように少年を睨みつける。


「〜〜〜っ、もーっ!気持ちは分かるけど、他の人の前でくらい自分の気持ちと折り合い付けなさいよ馬鹿!
 この意地っ張りの負けず嫌いのうじうじ虫!!」

「え、あ……あの、すいませ——」


険悪になってきた雰囲気に戸惑って、クリスケはおずおずと声をかけようとして…、声が、途中で消えた。
その二人が、体中に傷を作っている事に気づいたのだ。大怪我では無いが、腕や顔に小さな傷がいくつも走っている。
嫌な予感が頭によぎって、クリスケの顔が青ざめた。


「……っ、まさか…、あのっ、なんか変な黒い影みたいなの、見たりしませんでしたかっ!?」

「………知ってるの!?
 貴方も奴らを知ってるのね!?なら話は早いわ!こんな所にいたら危ないわ、早く、森の奥に逃げるのよ!
 ここはまだ村に近いから、あの影が追ってくるかもしれないもの!」


クリスケの言葉に目を見開いて、少女が早口で叫んだ。…その目の淵が、僅かに濡れている。
心の中の予感が確信に変わった。
クリスケの中で、カーレッジの呻き声が小さく響く。


『…間に合わなかったか…』

「……あなたたちの村は!?」


問いかけを拒むようにふるふると首を振って、少女は視線を落とした。
そして胸の前で手を組んで、祈るように、耐えるように俯いて、静かに呟く。


「分からないわ…。でも多分、壊されちゃったと…思う。
 それくらいあの変な影は強いの、早く一緒に、森の奥へ逃げましょう!
 逃げなくちゃいけないのよ、…あの子のためにも!」

『…あの子?』

「あの子…って……?」


カーレッジの呟きを引き継ぐように、かくんとクリスケは首を傾げた。
一瞬、口元に手を当てて目を瞠った後、少女が申し訳無さそうに頭を下げる。


「ごめんなさい…!あなた、この村の人じゃなかったわよね。
 …あのね、村の男の子が、一人…戦っているの。
 アタシ達も戦おうとしたんだけど、逃げてくれ、僕は大丈夫だから、って…」

「……!?じゃあその人、たった一人で…あいつらと!?……敵う訳が…!」

「…おれ達もそう言ったさ」


突然、クリスケの言葉を遮って、ずっと黙り込んでいた少年が口を開いた。
その言葉の意味が分からなくて、クリスケが困惑したように少年を見つめる。
隣に立つ少女がちらりと少年を見上げ、苦虫を噛み潰したような顔で続けた。


「アタシ達にもやらせろ、って言ったら…お願いだ、逃げてくれ、って言ってね……。
 それでもアタシ達引かないで粘ってたら…強行手段取られちゃって、きっと今も一人で戦っ」

「………ごめんなさい、オイラちょっと失礼しますっ!!」

「…は!?」


うつむいた少女の言葉を遮って、クリスケが突然走り出した。
その向かう先は、少女たちが逃げてきた方角。
クリスケの行き成りの行動に唖然としていた少女が、我に帰って声を張り上げる。


「ちょっと、貴方っ!?聞いてなかったの、危ないんだってば!!
 それに…その後アタシたち、こっそり戻って、魔物を一匹でもやっつけようとしたの。
 でも…全然歯が立たなかったわ、逃げてくるのが精一杯だった!だからこんな格好なの!貴方が行っても、きっと何も出来ないわよ!」

「オイラは…もう、誰も…自分以外に、傷つく人や泣く人が出て欲しくないんですっ!
 それが誰でも、知らない人でも…!
 あんな事を見るのは……もう、たくさんだから!!」


必死の叫び声が、段々と遠くなっていく。
振り返らずに走っていくクリスケを放心して見送りながら、その少女はぽつり、と呟いた。


「…名前も聞かなかったわ」

「………」


その時、隣で、相変わらず黙り込んでいた少年が突然身をひるがえした。
驚いた少女が視線を向けると、ふっと少年は振り返った。
その表情を見て、少女が訝しそうに口を開く。


「……ノータス?」

「ピアル、おれ……!」


…その目に宿る光は、決意。







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森が途切れて、辺りに広がる風景が変わっていく。
そこを必死で走りながら、クリスケは前方に目を凝らした。
まだ遠すぎて確信は持てないが、遠くの岩場で何かが動くのが見える。…おそらく、あれがそうなのだろう。
スピードは落とさないまま、クリスケは視線を下に向けた。         


「ごめんカーレッジ、でも…オイラ、見捨てるなんて出来ないよ!」

『……分かっている。
 お前なら、そう言うだろうとは思っていたさ』


苦笑気味だが、決して非難している訳ではない響きのカーレッジの声に、クリスケが顔を上げる。
遠い前方に微かに見えていた光景が、近づくに連れて少しずつ鮮明になっていく。推測を確信に変えて、クリスケは表情を引き締めた。
もう、アリウスの二の舞になんてさせはしない———!


「……行くよっ!」


岩場と、魔物と、…大きなドラゴンのようなカゲと、一人のキノピオ…。
たん、とクリスケは地面を蹴った。










next・・