あのときの、高く響いた悲鳴。
あのときの、奴の高笑い。
消えていく、幸せだった頃の、面影。
あんな風景は、もう二度と、見たくない……
ーー四人の勇者の物語 4ーー 怪力のキノピオ
「いい天気……」
村の外れの木の上で、一人のキノピオの少年が村を見下ろしている。
さわさわと風が吹いて、木漏れ日と彼の赤い髪がふわりと揺れた。両腕に巻かれた包帯のような布が、風になびいて後ろへと踊る。
「…お昼寝、しちゃおう、かなあ?」
額の上に手を当てて、その少年は空を仰いだ。
ここ一ヶ月、影の女王が現れてから真っ暗だった空から、突然闇が引いていったのが先ほどのこと。
しかし、目を凝らせばまだアリウスの上には闇が留まっているのが見えるので、おそらく一時的なものなのだろう。
そう考えて、ふっともう一度村へと視線を落とす。
久しぶりの晴れ間に、村の仲間たちが喜んで外を出歩いているのが見えた。
今日は久しぶりに村の皆の笑い声が聞けるかなぁ、と無意識のうちに笑みを浮かべて——
「—— キノールーッ!」
「なーにやってんだーぁ?」
ふいに聞こえてきた声に、ぴくん、と背中を揺らして、キノール、と呼ばれた少年が振り返った。
声が飛んできた方向——木の下へと視線を向けると、
手にかごを持ったキノピオの少女が笑いながら手を振っているのが見えた。
その横で、腰に手を当てながらノコノコの少年が上を見上げている。
「……あ…」
「キノール、アタシ達、今、森から山菜採って来た帰りなんだけど…村まで一緒に帰らない?」
どこか遠慮しているような声の後、しばらくの沈黙が降りた。
…とは言っても、それは時間で表したら五秒程度のもの。
しかし、視線を彷徨わせていたキノールが、考えを決めたのかおずおずと何かを言おうとするのと同時に、
沈黙が降りた時から、徐々に眉間にしわを寄せ始めていたノコノコの少年が耐えかねたように口を開いた。
「……じゃあ、」
「だーっ、もう!!テメェ、いつもいつもトロすぎ!何だって一緒に帰るかどうかでいちいち考え込んでんだよ?
何か言いたいことがあるんだったら、もっとさっさと言えよ!
普通に答えりゃ良いだろうが、…ったく、まともに会話もできねぇのかよ…!」
「………っ」
明らかに苛々が含まれている表情と声音に気圧されて、キノールが口をつぐむ。
瞬き三回ほどの間を置いてキノールが再び口を開こうとした時には、そのノコノコの少年は目を反らしてしまっていた。
隣に立つキノピオの少女が、眉をつりあげる。
「ちょっと、ノータス!もうっ…、毎回毎回言ってるけど言いすぎよ!
キノールは短絡的で単純馬鹿なアンタと違って思慮深いだけでしょ!この短気ノコノコ!」
「……あーあー、悪かったよ。謝りゃ良いんだろ?
けっ、おれと同じかそれ以上に口の悪い女には言われたくな」
そう言ってノコノコの少年…ノータスが背中を向けた瞬間—— その後頭部に突然平手打ちが炸裂する!
ってぇ!?と声を上げてノータスは振り返り……凍りついた。
その視線の先にあるのは、彼よりも数倍強くものものしいオーラを放っているキノピオの少女。
口元は微笑んでいるが、目は全く笑っていない。
ノータスが後ずさった刹那、その表情が一変する!
「誰が…誰が……、口の悪い女ですってぇえ…?
もっ回言ってみなさいよ、ぇえ!?誰が、だーれがっ、口が悪いですってぇええ!?」
「ちょ、ピアル待て、おれが悪か……でっ、いでぇええ!首絞めんな!!
言い直す言い直す、テメェは口が悪いんじゃなくて乱暴者なんだったな!
…ってそこで手ぇ振りかぶんじゃねぇよ馬鹿!」
「馬鹿はどっちよこの馬鹿ガメ!
今度は後頭部じゃなくてその顔ひっぱたくわよ!?」
「んだとぉ!?来るなら来いよこの粗暴女!!」
「うわーっ、喧嘩じゃアタシやキノールに勝てないからって何ひがんじゃってるの!?子供っぽーいッ!」
「……テ、テメェとキノールが強すぎんだよ!
っていうかいつ誰がひがんだんだよ、やーいやーいこの早とちりぃ!!」
「…んですってぇえ!?」
火花を散らせながら口喧嘩を始めた二人に、雰囲気に置いていかれたキノールはしばらくオロオロと視線を彷徨わせていたが、
仲裁しなくてはと判断したのだろう、枝の上から腰を浮かせたその時…ノータスに睨みを効かせていたピアルが、ふと表情を変えて肩の力を抜いた。
一緒に、呆れたようなため息をついて自分の額へと手を当てる。
「……ちょっと待って、アタシこれじゃノータスと同レベルじゃない。
うっわ、最悪……アタシはノータスと違って大人だからここで引いてあげるわ」
「んなっ…売ってきたのそっちだろ!?そもそもテメェのどの辺りがおれと違って大人なん」
「置いてきぼりにしちゃってごめんねキノール、アタシ先に村に戻ってるわね?
こんな頭の固いノコノコなんて、気にしないでほっておきなさいよ」
ノータスの科白を完全に聞き流して、ピアルはキノールを見上げて笑みを浮かべた。
キノールが思わず頷いたのを見届けると、くるりと身をひるがえして村への道を降りていく。
慌ててその背を追いかけていったノータスを見送り、いくつかの感情を交えて、キノールは苦笑した。
「……ノータスは、いつもこう、だもんね…」
—— 小さな頃は、まだもうちょっと優しかったのだけれど。
少し寂しげに呟いて、身体を捻って座っていた枝を握る。そのまま、重心を移動させて足を宙へと放った。
このくらいの高さなら、これで充分降りられるだろう。
そう考えて枝から片手を離したキノールの横顔に、少しだけ影が差す。
先ほど、ピアルが自分に声をかけた時の、複雑なノータスの表情。
ノータスが、幼馴染のピアルに想いを寄せているのも、そして何故か自分に焼きもちを焼いているのもキノールは知っていた。
「…ピアルは、友達…なんだけど、なぁ……」
断ればピアルが傷つくかもしれないし、了承すればノータスが複雑な思いをしてしまうかもしれない。
この状況で、口ベタな自分が上手い返事を考え付くのは、とうてい無理だったのだ。
もう一度ため息をついたその時、キノールの耳に微かな——しかし確かに、聞き慣れない妙な音が届いた。
「……?」
片手で枝にぶらさがった体勢のまま、耳を澄ませる。
微かに聞こえてきたのは、聞き慣れない不思議な低音。
—— ……ゥ…ン……
少しずつ大きくなっていくその音に首を傾げ、キノールは視線を上に向けた。
小さな掛け声をかけて、身体を支えている右腕に力を込める。
手首を返すように捻って、
…とん
腕に巻いた布をひるがえし、軽やかに枝の上に戻って立ち上がる。—— ……一瞬だった。
足も反動もほとんど使わずに、片手だけで、身体を枝の上に引き上げて立つ。息一つ乱さずに、そうしてキノールは辺りを見渡した。
その視線が、自分の正面の森を見つめて止まる。
「…?何だろう、あれ…、黒い…影……?」
森の向こうに目を凝らすと、微かにだが、少しずつ大きくなってくる影が見えた。
黒い、不思議な形をした影のような物が、森を抜けて一直線にこちらへ進んでくる。
キノールは、無意識に太い枝の上を半歩後ずさった。アレが何なのかは分からないが、…本能が警鐘を鳴らしている。
急いで木から降りようとしたその時、影たちが、一つの生き物のように一斉に向きを変えた。
突然影の進路が反れたことに安堵しながら拍子抜けして—— 次の瞬間、キノールは息を呑んだ。
「……あのまま…進んだら、…まさか……!?」
影の進んでいくその先にあるのは、自分たちの住む村。
「大変……!!」
血相を変えて木から飛び降りたとたん、村の方から、微かに悲鳴が響いてきた。
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その頃、森の中。
茂みをかき分けて走るクリスケが空を見上げて、小さく呻いた。
先ほどまでは晴れていたので太陽で方角を確認しつつ進むことが出来たのだが、
短い時間の間に雲が集まってきて、太陽を隠してしまったのだ。
焦りを察したのか、クリスケの中でカーレッジの声が響く。
『方角さえ見失わなければ大丈夫だ、…このまま直進すれば、村が見える!』
「うー…っ、自慢じゃないけど、ものすごく方角を見失いそうな自信があるよ!;
……そろそろ、視界が開け」
…ざっ!
音を立てて茂みから飛び出したとたん、がくんっ、とクリスケの視界が動いた。
何が起こったのか理解するより早く、世界が上へと跳ね上がる!
「…なっ!?」
『……っ!?』
ざざざぁっ…!
…どさっ!
耳元で風が唸る音を聞いた次の瞬間、足に衝撃が走って、身体にかかっていた重力が消えた。
視界が動いたとき、驚いてとっさに瞑ってしまっていた目を恐る恐る開けてみると、まず飛び込んできたのは森の風景。
さっきと同じ森の中にはいるみたいだけど、だったら今のは何だろう——と、ぶつけたらしい足を押さえながら顔を上げる。
そして、顔を上げたまま何気なく後ろを振り返り、…クリスケは、唖然として固まった。
「………うそ…」
見上げた先にあったのは、4メートルほどの小さな崖。……と、今しがた自分がかき分けてきた、茂み。
そして崖には、茂みから自分がいるところまで一直線に、何かが滑り落ちたような跡がついていた。
そこから弾き出されるしかない答えを、恐る恐るクリスケの口が紡ぐ。
「…もしかして、オイラたち……落ちた?」
『………、…すまない、私も足元に注意していなかった』
しばらくの間、クリスケは放心状態で崖を見上げていたが、やがて、小さな呟きがぽつりとこぼれた。
「…茂み抜けた先に地面がなくて、オイラは前しか見てなかったから気づかないまま足出しちゃって、
4メートル弱の崖から滑り落ちちゃった…ってこと……だよね?」
…無言の肯定。
クリスケの顔に、焦りが浮かんだ。
只でさえ方角が分かりにくくなっていると言うのに、
一度崖を挟んで人の出入りする区域から外れてしまった以上、またいつ別の自然物に道を塞がれるかも分からない。
このままでは—— …。
「…どうしよう、…これじゃ…間に合わない……!」
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「なななっ、何なんじゃ、こいつらはっ!?」
「村長!驚いてる暇があったら何か道具を取ってきて、
こいつらを追い払うの手伝って下さ…ぅわっ!」
農作業に使う道具を構えていた村人が、殺気を感じてとっさに飛びのいた。
瞬間、先ほどまで彼のいた所に魔物の攻撃が直撃する。地面がえぐれて、ぱっと砂埃が立ち上った。
その威力に、村人たちは息を呑んで青ざめる。
「このままでは……!」
一人の村人が呻いたその時、
「…みん…—— っ…!」
微かに聞こえた、聞き覚えのある声に、村人たちは一斉に声のした方へと振り返った。
村外れへと続く道から懸命に駆けてくる二つの人影。その片方が、村人たちを見つけてさらに声を張り上げた。
「村長!!みんな、無事か——っ!?」
「ちょっ……こいつら、この変なカゲいったい何なのっ!?」
「あ゛———っ!駄目じゃ、ノータス、ピアル、来てはいかんっ!!」
「…えっ?」
鋭い村長の声に、思わず二人の足が止まった。
その刹那、ピアルの視界の隅を黒い影が掠める!
「ノータス、危ないっ!!」
どんっ!
悲鳴にも近い声を上げて、ピアルがノータスを突き飛ばした。
不意打ちだった事と、ピアルが全力で手を突き出した事が相まって、ノータスが体制を崩して転倒する。
瞬き一つ前までノータスの身体があった場所を、魔物が風の刃を生み出しながら猛スピードで通り過ぎていった。
安堵と、すぐ近くを通り抜けていった魔物の恐ろしさとの両方に襲われて、ピアルは放心して立ち尽くし——
「……ピアル!!」
その耳に、ノータスの叫び声が突き刺さる。
刹那、背中にざっと寒気が走り、ピアルは後ろを振り返った。
風が頬を叩く。その風を生み出している翼の持ち主の瞳と、恐怖で見開かれたピアルの瞳がぶつかった。
「————!!」
凍りついた喉から、音にならない悲鳴が走る。
跳ね起きたノータスが、ピアルを庇うように魔物との間に割り込んだ。
ノコノコ族のコウラなら、多少の事で傷つきはしない——!
ドオォォンッ!!
ぐっ、と衝撃に堪えるために目を瞑っていた二人は、驚いたように目を開けた。
轟音の後にやってくるはずの衝撃がやって来ない。
砂埃にかすむ光景を目にして、ピアルが目を見開いた。
先ほどまでの突進が嘘だったかのように、逃げるように宙へ舞い上がっていく魔物。
そして、荒い息をつきながらも、しっかりと前を見つめて自分たちの前に立っている人影。
ノータスとピアルが事を理解するよりも早く、その人影が振り返った。
「…二人、とも、大丈夫!?怪我…して、ない……!?」
「なっ…なんでテメェがこんな所にいるんだよ!?
っていうか、あのカゲに何やったんだよ、キノール!!」
「間に合いそうも…無かったから…っ、離れた所から、石ぶつけて、驚かせて…。
だからバランスが崩れて…、ピアルじゃなくて、地面にぶつかったんだと思う。
ごめんね、遅くなって…っ」
ここまで全力疾走をしてきたのだろう、荒い息のままでキノールが俯く。
魔物が運よくバランスを崩さなければ、きっと今頃二人は大怪我をしていた。魔物が一度空中に舞い上がった頃に、自分はやっと二人の前に立てたのだ。
キノールの言葉に、二人の目が丸くなる。戸惑いが、そのままピアルの口から飛び出した。
「ちょっと待って、謝ることなんて…!というか、キノール、本当に石くらいで…あんな大きいカゲが突進しそこなったって言うの!?
……何か別の凄いことやったんじゃ…、……あ。
…そっか、キノールなら……!」
友人の“得意技”を思い出して、ぱっとピアルの顔が輝いた。
ノータスも、この騒動に騒然としていた村人たちも、はっとしたようにキノールを見つめる。
しかし、キノールはぐっと息を詰めて首を振った。魔物たちへと向き直りながら、声を上げる。
「でも、まだ、追い払えては…ないから…!ノータス、ピアルを、お願いっ!
…みんなもっ、カゲから目を離したら駄目だ!」
村人たちが、慌てて手に持った農具を構えなおしながら、魔物を睨んだ。
一歩前に踏み込みながら、手のひらよりも少し大きいくらいの石を拾い、キノールが腕を振りかぶる。
「———っ!」
左手と足で器用に反動をつけて、息をつきながら、思い切り肩を回す。
ぶんっ、と空気を斬るような音を立てて、その右手から放たれた石が鋭い弧を描いた。
慌てて身を引いた一匹の魔物が、翼に石の直撃を食らって悲鳴を上げる。
その悲鳴が引き金になったのだろう、続けて舞い降りてきた数匹の魔物を避けながら、キノールは辺りを見渡した。
魔物の数が多すぎる。このままじゃ、いつ誰が取り返しのつかない怪我を負うかも分からない…!
焦りを押さえ込むように唇を噛んで、キノールは村長を振り返った。
「……村長さん!
僕以外の…村の…みんなを、安全な所へ…森へ、逃がしてくださいっ!」
響いた叫び声に、村長が目を見開く。
予想だにしていなかった言葉について行けなかったのか、何度か瞬きを繰り返した後、村長はようやっと声を取り戻した。
「な…っ、…何を言っとるか!
お前が強いことは確かにワシらも知っておる、しかしお前一人では…!」
「僕なら、平気です…!
でも…村の、みんなが、傷ついちゃうのは…嫌で、だから……!!」
それでも必死で言い募るキノールを、村長はしばらく見つめていたが…やがて、つとその目を伏せた。
村の者たちにいつも一線を引かれ、ほとんどの者に仲間としては見てもらえていなかったというのに、何故ここまで。
複雑な思いでため息をつき、村長が顔を上げる。
「…それなら、ワシが責任持って村人を避難させるが…お前はどうするのじゃ?」
「このカゲを、…追い払ったら、すぐに追いかけます!」
そう言って、キノールは目の前に迫ってきた小柄な魔物を、翼を掴んで地面へと叩きつけた。
悲鳴を残し、逃げるようにその魔物が空へと舞い上がる。
それを目で追い、やがて村長はキノールに向かって頷いた。
「……皆の衆!このままではいかん、一度森の中へ逃げ込むんじゃ!
早うせい、…さあ、走るのじゃ!!」
村長の声に、村人たちが一斉に森に向かって駆け出した。
弱い者たちを先に逃がし、戦える者たちは魔物がそれを追わないように、必死で攻撃を続ける。
キノールもけん制に加わり、村人が一人また一人と森へ駆けていくのを視界の端で捕らえながら、魔物を見返した。
…この場にいる村人はあと5人。早く彼らも逃がさなければ…!
「…キノール!」
「……っ!?」
その時、突然後ろから腕をつかまれた。
驚いて振り返ると、ピアルが今にも泣きそうな顔をしながら自分を見上げている。
そのまま視線を横へずらすと、明らかに怒っているようなノータスの視線とぶつかった。
戸惑いの呟きが、口からこぼれる。
「……どう、して…」
「どうもこうも無いわっ!キノールがいつまでも来ないから引き返して来たのよ!
いつまで戦ってるのよっ、確かにキノールは強いけど…!これ以上は危ないわ、早く一緒に逃げるの!
キノールまで怪我したらどうするの!?」
「でもっ…」
「でもじゃねぇ!どうせまた一人で残ってあいつらと戦う気だったんだろ!
分かりやすすぎんだよ、テメェは!おれにもやらせろこの馬鹿、ピアル狙った奴だけでも一発殴る!」
「……、ありがとう、でも…、ノータスたちも、逃げて…!
僕なら、大丈夫だから…っ」
「だぁーかぁーらぁーっ!キノール!一人でムチャしないでっ!」
言い寄る二人の見幕に、キノールが一歩下がる。
しかしそこで、キノールは一度目をつぶると、ノータスに向き直って、口を開いた。
「…ノータス」
「だから、おれも残るって言っ…!」
「……ごめんっ!」
突然の謝罪。
その意味が分からずにノータスとピアルが目を瞠った瞬間、身体が宙へと舞い上がる!
「うあぁあっ!?」
「きゃあっ!!」
くるりと回った世界の中で、何かを投げた後のように手を振り上げているキノールが見えた。
何が起きたのかを理解すると同時に、どさっ、という音と共に背中に軽い衝撃が走る。
慌てて駆け寄ってくる村人たちの足音を聞きながら、ノータスとピアルはのろのろと顔を上げてキノールを見つめた。
「……ッ、テメェ…!
こんな事しやがって、もし怪我したらどうするつもりだよ!?」
ノータスの声に、キノールの顔が辛そうに歪む。
荒げられた声のせいじゃない。こういう手段しか取れないやるせなさと罪悪感——。
堪えるように両手を握り締めて、キノールは二人を見返した。
「ごめんね…でも、本当に、お願い……!
僕は…僕は、友達には、誰一人だって、傷ついて欲しくないんだ…!
でも、僕は皆を戦いながら守れるほど強くないから…だから、お願い、早く逃げて!!」
「…んな、綺麗事っ…言いやがって…!」
キノールを睨みつけながら、ノータスが肘を支えに身体を起こそうとする。
…その瞬間、きっ、とキノールは表情を変えた。
「綺麗事を言える状況なんかじゃない!!
…ノータス、ここに残ったとして、もし死んでしまっても構わないの!?まだノータスには、やる事が残ってるでしょ!?」
「……っ」
初めて見る、声を荒げた友人の姿。
その気迫に押されて、ノータスの声が音にならずに消えた。
駆け寄った村人たちに支えられて起き上がったピアルも、村人たちも、あっけに取られたようにキノールを見つめている。
「…じゃあ、」
「………」
「……テメェは、ここで死んでも構わないって言うのか?」
ノータスの、呟くような問いかけに、キノールが一瞬黙り込む。
しかし、すぐにその顔にふっと笑顔が浮かんだ。
苦笑いでも、何かを諦めたような笑みでもない。あえて表現するならば、それは。
「—— 逃げて!!」
僅かな間宙を旋回していた魔物が、体制を整えたのか攻撃を再開する。
その笑みを真剣な表情に変えて、キノールは魔物へと向き直った。
突進してきた魔物の翼を器用に横に流して、流れた力を逆に利用し、勢い良く身体の重心を移動させる!
…だぁんっ!!
叩きつけられた魔物が、声も出さずに空へと逃げ出した。しかし、勢いづいたほかの魔物たちはひるまない。
一気に舞い降りてきた4匹の魔物に、キノールは色を無くして後ろを振り返った。
村人に必死で止められながらも、なおもキノールに近づこうとしている二人。
…防ぎきれない……!!
「…お願いです、二人を連れて早く森へ逃げて下さい!必ず後から追いかけます!!」
魔物の気を逸らそうと、必死で走りながらキノールが叫んだ。
ピアルとノータスの腕を掴んでいた村人たちが、顔を見合わせて頷く。
魔物の気配が迫ってくるのを感じながら、二人の腕を掴み背中を押し、最後まで残っていた村人たちが走り出す。
大人の男の力には、さすがの二人も敵わない。村へ戻ろうとしながらも、引きずられるように森へと走っていく。
それを追いかけようとする魔物の前に、ざっとキノールが割り込んだ。
「………」
無言で、睨みつけるように魔物を見上げ、彼らの注意を自分へと引きつける。
ピアルとノータスの必死の呼び声が少しずつ遠くなっていくのを確認して、キノールは思い切り地面を蹴った。
そのまま、宙に浮いている魔物の下を潜り抜ける!
「…こっちだ!!」
振り返ると、飛んでいた魔物たちが自分を追いかけてくるのを見えた。急いで目で数えると、その数は6体。
先ほどの戦いで、何体か逃げていったのだろう。
村人たちが逃げていったのとは逆方向に走りながら、改めてキノールはその魔物に目をやった。
まるで、小さなドラゴンの影のようなその姿。
大きな身体に比べて翼は随分小さく、だからなのかあまり高くは飛べないようだ。しかし、人が走るのより僅かに速いスピードで確実に迫ってくる。
そこまで観察して、キノールは僅かに眉を潜めた。
……最初に木の上から見たとき、この魔物たちはもっと速いスピードで飛んでいたはずだ。
それなのに、今彼らが飛んでいる速度は、キノールが必死で走ればギリギリ追いつかれない程度のもの。
—— 本気を出してない?でも、だとしたらどうして……ぅわっ!!
自分目掛けて突進してきた魔物を何とか避けながら、キノールは無理矢理考えを断ち切った。
とにかく今は、村人たちから魔物を引き離さなければ。
「……ごめんね」
——本当は、あんな事したくなかったんだけれど。
最後に、一瞬だけ目を閉じて、大切な友達の姿を思い浮かべて呟く。
そしてキノールは、さらにスピードを上げて村外れへと駆け出した。
———————————————————————————————————
友情は、想像しているよりも脆いものじゃない。
「…どうして、あんな…あんな優しい笑顔でアタシたちを見れたの?
駄目よ…嫌、キノールが死んじゃうっ…!」
「……未練があるかどうかと、これとは話が違うんだよあの馬鹿野郎…!
易々と逃げ出すなんて思うなよ、ばーか!!」
一度村人たちと合流したあと、その目を掻い潜り再び走り出した二つの影。
それを見ているのは、森の木々だけ。
しかしその先に立ちふさがるのは、…彼が引き付け損ねた魔物が一体———
next・・