遠い遠い、今から一千年の昔のこと。
街の人々みなが平和に暮らす、絵に描いたような平和な街がありました。
街はたいへん栄え、道々には笑い声と歌声があふれ、
その街の空は、夢と希望に満ちていました。
街には王宮があり、その城の王様も、とても勇敢な優しい王でした。

その城下街は、それからも、ずっとずっと、幸せの街のはずでした。

—— ……しかし。

その街と城は、…オーシャル・アリウスは、一日にして滅ぼされてしまったと言われています。
“闇の世界”からやってきた、魔物の手によって……



—— …吟遊詩人の間に伝えられる、伝説より







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亡くなった世界。
その光景を一言で表すのならば、この言葉が一番似合っているだろう。
崩れた街並み、闇色に染まった薄暗い空、葉を落とした木々、そして——全く感じられない、命の気配。
鳥さえも飛んでいない、闇の満ちた廃墟の中心。
その中の、崩れてはいるが、王宮と思われる建物の窓から、滅びた世界を見渡す人影があった。
窓から見える限りでは、二つ。二つとも、笑っているように見える。



「…とうとう、この世界の全てはわらわが破壊した」

「おめでとうございます、影の女王様」


言葉少なに、しかし満足げに呟く人影の横で、年老いた風情の人影が笑みを深くした。
人影……いや。その老女の方は、影そのもの、と言った方が良いのかも知れない。
足元の影と、両足とが一つのように同化しているのだから。
長い桃色の髪をうっとうしそうに手で払う人影と、
わずかに頭を垂れている影は、外の悲惨な様子には目を向ける様子も無い。


「…女王様、今後はどうなされますので?」


静かな、楽しそうな影の問いかけに、女王と呼ばれた人影は、桃色の髪を揺らして向き直った。
さらりと髪がゆれて顔へとかかり、その表情はよく見えない。
…しかし、聞こえてくる声には、確実に満足感が含まれている。


「この世界での、わらわの役目は終わった。
 また新しい世界へと赴き、この世界や、今までの世界と同じように……。
 幸せや希望などというモノ一切を滅ぼし去ってやろうぞ、マジョリン」

「……はっ」


マジョリン、と呼ばれた影は、胸に手を当てて——女王に向かって、深く頭を下げた。
そして、顔を上げると同時に、背後に文字通り影のように佇んでいた、二つの影を振り返る。
その影たちも、マジョリンと同じように、地に着く足が影と同化していた。
ニッ、とマジョリンの口角が上がる。


「準備は出来ているさね?…マリリン?ビビアン?」

「…んあ〜」

「はい。お姉さま、影の女王さま」


影たちの一礼を合図とするかのように、四人の足元の影が大きく広がった。
空気が抜けるような音を立てて、彼女達は影の中へと吸い込まれ、……消えた。
誰もいない玉座の間に、破れた窓から風が吹き込んで、そして掻き消える。


完全に物音一つしなくなった世界。
一人の少年が——時々、消えてしまいそうに輪郭が揺れている—— 、
先ほどまで影の女王たちがいた部屋の窓を、様々な感情をその目に宿して、見上げていた。
何故か酷く傷ついた姿をしている少年は、何かを堪えるように唇を噛んでいたが、やがて絶望したように瞳を閉じた。
その身体が透けていく。
戒めか呪いを解かれたように、少年の姿もまた、そこから掻き消えた。


…そして、その都からは誰もいなくなった。




死んでしまった世界から、影の女王が向かったのが、そう、あの幸せの街。
住民たちは、そんな事とは露知らず、今日も平和に一日を過ごしています—— ……








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……人の思いというものは
儚いけれど、この世界で一番強いもの
…そう、その思いは世界を超えて—— ……





ーー四人の勇者の物語 1ーー  動き出す歯車





「……っ!…あれ……なんだ…」


茶色の髪を揺らして、ぱっ、と顔を上げたそのクリボーの少年は、…夢かぁ、と呟いた。
ここは、彼の住んでいる街の一角にある、噴水がある憩いの広場だ。
その噴水の縁に座ってぼんやりしている内に、いつの間にかうとうとしていたらしい。
今しがた見ていた夢を思い返して、少年は一人で首を傾げた。


「なんか……怖い夢を見てた気がするけど…。
 …何だったんだろう…。
 確か、崩れたお城を見たことまでは覚えてるんだけどなぁ」


ぶつぶつと独り言を呟きながら、少年は夢の記憶をたどる。
とても不思議な、だけど確かな悪夢。
夢の中で自分は、…確か、その大きな崩れた城を、悔しそうに見つめていたような気がする。
なぜか、傷ついた体で。
それと、とても、とても、悲しかったような気がする。


—— ……なんでだっけ?


さらに夢を思い出そうとするが、どんなに頑張っても、夢の記憶は、その城を見たところまでしか残っていない。
それでもまだ首を捻って考え込んでいると、後ろから、何かが走ってくる足音が聞こえた。
気づいて振り返ろうとしたとたんに、どばっしぃん!という音と共に、かなりの衝撃が背中に走る。
そのまま、少年は思いきり前につんのめった。


「ちょっ……!ノコ、痛い、痛いって!!」

「こんなところにいたのか、クリスケ!
 なにやってるんだ、まーった考え事か?若いうちから考えすぎは良くないぞ?」


ばしばしとさらに彼の背中を叩きながら、走ってきたもう一人の少年は面白そうに笑った。
背中に、ノコノコ族特有の、緑色のコウラが付いている。
クリスケ、と呼ばれたクリボーは痛そうに頭に手をやりながら振り返った。
…その顔が、むーっと不機嫌そうに歪んでいるのは言うまでも無い。


「どうしていつもいきなりぶっ叩くかなあ…!不意打ちはやめろって言ってるのに…。
 ノコ、今の、かなり痛かったんだけどっ!」

「あー、悪い悪い。
 でもさクリスケ、俺が叩いたの頭じゃなくて背中だぜ?」


呑気に笑っているノコに呆れたようにため息をつくと、突然クリスケは顔を覗き込まれた。
不思議に思って、どうしたのかと聞くよりも早く、ゴン、と額を小突かれる。
本日二回目の不意打ちに、さすがに一発仕返しをするべきだろうかとも思ったが、その考えはノコの表情を見て消えた。
クリスケの隣に腰を降ろして、ノコは心配しているような表情をごまかすように苦笑する。


「遠目から見ても思いっきり、またお前が難しい雰囲気漂わせてたからさ。
 …で?なに考えてたんだよ?そーんな辛気臭い顔して」

「……顔に出ちゃってた?」


顔を指差してみると、即答で「分かり易すぎる」との答えが返って来た。
…確かに、自分の性格が単純なのは何となく理解していたが、ここまでズバっと言われると少し痛い。
がく、と肩を落として独り言のような呻き声をもらした後、クリスケはノコに向き直った。


「…ちょっと、ね。変な夢を見たから…。
 それを思い出そうとしてただけだよ」

「……夢ぇ?」

「うん。何か悪夢みたいだったんだけど変な夢で…。
 怖かったんだけど悲しくて、それがどうしてかも良く覚えてないし。
 でも…なんか、空は真っ黒で人の気配も無くて、なんだか現実じゃないみたいだったんだよね…」

「現実じゃない、ねえ……。でも、ただの夢だろ?夢だったら不思議な事があっても変じゃ無いだろうし。
 ……ああでも、お前がそういう妙な夢を見た後って大抵……」



———フッ



その時。
ノコの言葉を遮るようにして、突然、二人の視界に影が差した。
太陽が雲にでも隠れたのかと二人は空を見上げ——自分の目を、疑った。
呆然とした呟きが、クリスケの口からこぼれる。


「何…これ—— ……?」


目に映ったのは、
頭上に広がる青い空が、まるで塗りつぶされるように黒い闇に覆われていく姿。
昼間だというのに辺りは日が沈んだように暗くなり、
クリスケ達と同じように異変に気づいた人々が、空を指差して悲鳴を上げ始めた。


「…っな…、なんだよ、これ!?
 クリスケ、どうなってんだよ、この空…!」

「聞きたいのはこっちだよ!でも…こんな……。ありえない…!
 何か…何かすっごく、嫌な予感がする…!」

「最悪なことに、こういう時のお前のカンは嫌になるくらいよく当たるんだよな…!
 とにかく、一回皆やチビ達の所に戻らないと…多分、皆今頃パニック起こしてるぞ。
 ……クリスケ?どうしたんだよ、早く—— …!」


真っ暗になった空を呆然と仰いだまま、クリスケは立ち上がったノコに視線も向けない。
その空色に瞳に宿るのは、不安と焦燥と動揺、戦慄、それから——


「……悪い物が…来た気がするんだ…」



——— 恐怖。







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街を見渡す塔の上に、たたずんでいる四つの影がある。
彼女たちのまとう雰囲気は、この平和な——平和だった街が持っている物とは明らかに異質だ。
桃色の髪を風に揺らして、…影の女王は、マジョリンを振り返った。


「…ここが例の世界か?」


言葉少なに問いかけると、肯定が返ってきた。
それを確認すると影の女王は街へと向き直り、高い塔の上からその姿を見渡した。
ギリ…と、歯軋りの音がこぼれる。
闇の存在である自分が現れたと同時に、闇に包まれたとはいえ、平和に栄えていたその街の様子に。


—— …幸せ…希望。そのたぐいの物は全て、わらわが葬り去ってやろう……。


そう、自分は、闇の存在、闇の化身。
人の憎しみの心や、闇や、影から生まれた存在。幸せだの、希望だの、そのような物には吐き気がする。
まるで、幸せを描いたようなその街を睨みつけ、影の女王は、振り返らないまま告げた。


「…まずは、城下街からわらわの手中に落とす。
 マジョリン、マリリン、ビビアン、手段は問わない。徹底的に」

「承知しました」


カゲ三人組が、足元の影に消えるのと同時に、影の女王は両手を振り上げ、呪文を唱えた。


「世を滅ぼしし雷雨よ、風を司る竜の化身よ。
 わらわの命を受けて、今ここに来たれ……!」


桃色の髪がひるがえり、女王の目が紅く光った。
その声と同時に、にわかに空が掻き曇る——…。







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突然、空から大粒の雨と風と雷とが落ちてきた。
凄まじい、まるで竜巻のような風に、小さな子供が耐え切れずに悲鳴を上げて飛ばされていく。
ガッシャン、と音を立てて物が倒れる。オーシャル・アリウスが、…壊れていく。
飛ばされないように必死で噴水の縁につかまりながら、ノコがクリスケに向かって叫んだ。


「ちょ…本当に何がどうなってるんだ、今度はいきなり嵐かよ!?
 さっきの黒くなった空もだけど…さっきまで、普通に晴れてたってのに!」

「何か……何か変だよ、この嵐も…っ!
 自然の力な訳ない!何でこんな…意志を持ってるみたいに…!」

「……、なに言って…!
 くそ、このままじゃ身動き出来なくなるぞ!」


舌打ちをして、ノコがバッと頭を下げた。
その頭上スレスレを、掠めるようにして元は何だったのか分からない板切れが飛んでいく。
顔を打つ雨を腕で避けながら、クリスケが噴水の縁に捕まりながら立ち上がった。
風音に負けないように、ノコに向かって叫び返す。


「だって…この嵐が、オイラは信じられないけど、本当に自然の気まぐれならともかく、
 もし……魔法とか、人工的な物が働いてるんだとしたら…!
 それに、…オイラ達、十数年生きてきて、こんな嵐見たことある?人のいる方にいちいち風向きを変える暴風なんて!
 このままじゃオイラ達も怪我するし、早く皆の所に戻らないと…ノコ、走れる!?」

「…走れるも何も、走るしかないだろーがっ!」


覚悟を決めたように、噴水の縁から手を放す。そのままクリスケとノコは、一気に物陰に向かって走り出した。
…そう、その嵐は、ただの嵐ではなかった。
自分の立っているところでは北風が吹き荒れていると思えば、数歩離れた場所では、南風が吹き荒れている。
それだけでは無く、その嵐の風は、まるで逃げ道を塞ぐように風向きを変えているのだ。
真っ直ぐに進めず、角々と方向を変えて走りながら、クリスケは走ってきた方を振り返った。


「……っ、駄目だ、西の空も真っ暗だよ!
 強すぎる雨は、そんなに長く降り続けられないって先生言ってたのに…!」

「それは通り雨の場合だろ?そもそもさっき西も東の空も真っ黒に変わってたんだから見たってしょーがないぞ…!
 …だーもうっ!本当に何なんだよ、この嵐!…この街に、こんな嵐を起こせる奴なんている訳無いのに!
 ていうかそもそも、魔法使いにだってこんな意味不明な嵐起こせてたまるかーッ!」

「オイラだってそう思ってたけどっ!
 でも…さっきまで…雨が降り出すまで、雨の匂いも風の気配もなかっ…」



——— ……



「……っ!?」


突然、クリスケが言葉を切って目を見開いた。
足を止めたクリスケに、ノコが焦ったように振り返る。


「何やってんだよ、早…っ」

「……危ない!!」


ノコの腕を引っつかんで、クリスケは思い切り体を横に捻った。
不意をつかれて、ノコがバランスを崩したとたん——



——— …ドンッ!!



白い雷が、ノコの走っていた場所を掠めて宙を駆けた。
そして、延長線上にあった空き家に思い切り直撃して、ガレキになって崩れ落ちる。
その光景を見つめながら、ノコが呆然としたまま呟いた。


「…一緒に逃げてるのが勘の良すぎるクリスケで良かった」

「…う、わ……。ねえ、ノコ、それ褒めてるって思って良いの…?
 …って、そうじゃなくて!…雷って、木とか塔とか、高いとこに落ちるんじゃないのっ!?
 なんで平屋の低い建物…しかも石造り…に、狙ってるみたいに……!」

「ね…狙ってるって…そんな馬鹿な事ある訳が…っ」


雨の寒さのせいだけではなく、目の前で起きている事が信じられなくて、足が震える。
ぐっ、とクリスケは掴んだままのノコの腕をさらに強く握った。…一歩間違えたら—— …。


「…このままじゃ本当にまずいぞ、早く皆のところに合流しないと……!
先生たちだけじゃチビ達まとめられないだろーし…」


自分たちの住む寮のある方角に顔を向けて、ノコがきっとその表情を引き締め…ふと、その表情が変わった。
クリスケもほぼ同時に、自分たちの走ってきた方向を振り返る。
風の音に紛れて、耳に届いた聞きなれない音。
神経を耳に集中させてみると、その音が少しずつ大きくなって近づいてくるのが分かった。


「……今、の…?」

「…クリスケも聞こえてたか?…まさか、また何か起きたんじゃ無いだろうな…。
 この雨で、絶対地盤とかが緩んでるってのに—— …っわ!?」



…ボォンッ!!



そのとたん、ノコの足元の地面が音を立てて爆発した。
次は近くのベンチ、そしてその隣のゴミ箱が、次々に音を立てて爆発していく。
瞬くことも忘れて、クリスケとノコは呆然とその光景を見つめた。
暗転、嵐、爆発、そして悲鳴。
現実とはかけ離れた出来事の連続に、頭がついていけない。


「こんなの…普通なんかじゃないよ……!」


……受け入れたくない、認めたくない。
ノコもまた苛立ちを隠せずに、声を荒げてクリスケを振り返った。


「それは分かってる!!……じゃあ…誰が、何でこんなこ」



……ゥン…



ノコが言い終わらないうちに、嫌な音と共に足元の地面が沈みはじめた。




—— ……この世の終わり。




そんな言葉が、ふさわしい風景だった。


「…だ——っ、もう!泣きっ面に蜂とはこの事だな!
 今度は…まさか、さっきの意味不明な爆発のせいか!?」

「…たぶ、ん……さっきの爆発で、地下の地盤が崩れたんだ…!
 ってことは…ちょっと待って、この街、……沈んでる!?」

「ああ…そうとしか思えないな!ったく…何なんだよっ、今日は……!
 空は黒くなるわ、嵐と竜巻は吹き荒れるわ、あげくの果てに地盤沈下!
 クリスケ、とにかく俺たちも皆と合流して街の外に出ないと駄目だ、どうにかして…」


…その時。


「…見て、あれっ!!」


一人の少女の叫び声に、とっさに二人は振り返り……見た。
この街で一番高い塔の上で、街を見下ろし、呪文を唱えている人影を。
稲光の逆光で顔はよく見えないが、
そのかろうじて見える口元は、そのあざ笑うような笑みは、明らかに悪意に満ちている。


「何だ、あいつ…!?嗤って、呪文唱えて……。
 …っ、まさか、あいつがこの嵐を…!?」

「どうして……!?なんで、どうしてこんな事…ッ!」


呆然と立ちつくして、塔の上の人影を見上げる。ぐっ、とクリスケは唇を噛んでその顔を歪ませ——、
…気がつくと、塔の上の人影に向かって駆け出していた。
後ろから、ぎょっとしたようなノコの声が追いかけてきたが、それすらもクリスケの耳には届かない。


「ク…クリスケ!?何やってんだ馬鹿っ、今すぐ戻れ!
 あんな得体の知れない…こんな嵐起こしてるやつだ、何されるか分からないぞっ!」

「許さないっ!!
 みんなの…みんなの大事な街なのに……っ!
 オイラ達の大好きな街をぶっ壊したうえに、それに…それに、
 何人の人の、いくつの大切な明日や夢が砕けたと思ってるんだよっ!!」


そのとたん、今までにないほどの暴風が吹き荒れた。
クリスケの腕に巻いていた布が、耐え切れずに解けて飛んでいく。
半瞬遅れて、彼自身も風に足を捕られ——しまった、と思ったときにはもう遅かった。


「……う、わぁ…っ!!」


「…クリスケ———ッ!!」




——— ………


口からこぼれた言葉は、
本人の耳にも、誰の耳にも届かずに——







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街を見下ろす女王の背後で、ふっと地面に落ちていた影が広がった。
そこから、マジョリンの姿が現れる。
マジョリンは、影の女王に向かって一礼すると、静かに声をかけた。


「…女王様」

「おお、マジョリンか……ご苦労。街の様子はどうじゃ?」

「私たちの魔法と、バクダンと、女王様の魔法の嵐の力で……この街は、あらかた沈んでいます。
 住民たちの大半は街の外へ逃げだしてしまったようですがね。
 無事なのは…この街でも一番丈夫に作られた、……王城のみ、です」

「そうか……残るはその王城のみ」


扇で口元を隠して、影の女王はくっくっと嗤った。
面影の無くなった街に目を向け、なんとか立っている状態の王城へとその視線を移す。


「…いや、すでに元王城、と呼ぶほうが正しいのかもしれんな。
 この街は滅びたのじゃから。…行くぞ、マジョリン」


ぱん、と扇を閉じて影の女王が振り返る。
それと同時に、カゲの女王たちの姿は、そこから影の中へと消えた。







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「くそっ…私の…、私たちの街が……!」



ダンッ……。



窓から街を見下ろし、悔しそうに桟に手を打ち付ける。
彼こそが、この国を治めている若き国王だった。
胸中の思いに耐えるように一度ぐっと瞳を閉じて、国王は部屋の入り口を振り返った。
バッ、と彼のまとっている水色のマントがひるがえる。


「…救助隊の準備はまだか!?
 この急な嵐と地盤沈下だ、避難できずに取り残されている住民が必ずいる…!
 早くしなければ、手遅れになってしまうぞ!」


部屋の外に呼びかけるのとほぼ同時に、彼の部屋に数人の衛兵が駆け込んだ。
先頭にいる一人のキノピオが、跪くのももどかしいらしく、その場で腰を折って礼をする。
そのまますぐに顔を上げて、早口で叫んだ。


「国王様、救助隊の準備が揃いました!
 今すぐにでも、出発できます!」

「残った者たちは、助け出した住民たちのために、薬と休める場所とを準備しておいてくれ!
 どうしても使わなければいけない部屋以外は、全て診療室か避難所にしてしまって良いと、城の者に伝えて欲しい。
 私も城下に出てくる、その間のことは……」


国王は、そこで言葉を切った。
目の前にいる衛兵たちが、目を見開き、自分の後ろを見つめて真っ青になっている。
訝しげに、国王は眉をひそめた。


「……どうした?」

「こっ、国王様…う…、後ろを……!」


ただごとではない。

兵士達の表情から見てとり、国王は、ばっと後ろを振り返った。
多少の覚悟はしていたつもりだったが、それでも、その顔がざっと青ざめる。
自らの後ろにいつのまにか現れていた、闇色のオーラを放つ存在が口角を上げて、嗤った。


「そんな事を言っていられるのもこれまでじゃよ、国王陛下」


呆然と立ち尽くしたまま、国王は目の前に立っている桃色の髪の女性を見据えた。
無意識の内に、右手が左腰に挿してある宝剣の柄へと向かう。
そんな中、腰砕けになりながらも、衛兵の一人が必死で剣を引き抜いた。
目線は、震えながらも突然現れたその人影にひたとすえられている。


「……っ、お前は何者だっ!?なぜ、なぜ、国王様の部屋にいる…!?」

「……なぜ?
 少し考えれば分かるのではないか、衛兵よ?
 いきなり、何もない部屋にどこからともなく現れるには、空間を移動するしかない…。
 そして、この部屋にいる目的は…いや。これは時を待たずして分かるじゃろう」


フッ、と嘲笑を浮べて、自らの胸に手を当てる。
それを合図とするかのように、その背後に新たに三つの人影が現れた。
地面に広がった影から現れたその三人は、何事も無かったかのように頭を下げた。


「わらわの名は……影の女王。この世界を、全ての世界を、統べる者じゃ。
 手始めに、この城下町を滅ぼさせてもらった」


一瞬、目の前が真っ白になる。
目の前の女性が、この街を嵐で滅ぼしたなど、とうてい信じられるものではない。
それでも国王はすぐ我に返り、腰に挿してある剣を引き抜いた。


「……この嵐は、貴様の仕業という事だな!?
 よくも、私の大切な街を、人を…オーシャル・アリウスを……!」


その言葉に、つい、と女王の眉が上がった。


「……このわらわに向かって、そのような物言いをするとは…。
 —— …なんと、無礼な。
 さあ、灰になるが良い!!」


女王の瞳が紅く光り、空間を赤い雷が走る。
それは、剣を振りかざして女王へと駆け出した国王へと向かった。
—— ……一直線に。
国王の目が見開かれると同時に——





……パアァンッ!!





弾き飛ばすような轟音。
高い音を立てて、国王の額にあったはずの冠が床へと落ちた。


「国王……様…?」


部屋にいた衛兵たちは凍りつき、悪夢のようだ、と思った。いや、むしろ、悪夢であってほしい、と願った。
目の前で舞っている灰が、どうか、悪夢であってほしいと。
一早く我に返った一人が、剣を振り上げて、女王に向かって駆け出す。


「国王…様を……よくも——っ!!」


そんな衛兵を、女王は手の一振りで弾き飛ばし、
ぞっとするような高笑いをした。


「…この城もこの世界も、全てわらわの物じゃ—— ……!!」







……かくして

一度終止符を打たれたはずの物語は

皮肉にも、終止符をもたらした人物の手で

もう一度 その歯車を回し始めた


その先に待つのは


終焉か


……未来か———




—四人の勇者の物語—




『———— ……』










next・・