嫌いなことは
人が泣くのを見ること 人が悲しむのを見ること
だからあの時、もう再びは無いって誓ったはずだったのに……
ーー四人の勇者の物語 2ーー 出逢い
——誰かが、名前を呼んでいる、と思った。
「………、う……」
「…クリスケ!!やっと目が覚めたか!
大丈夫か?俺のことちゃんと分かるか!?」
聞こえた声に、ふっと目を開けると視界に誰かの姿が飛び込んできた。
心配そうに覗き込んでくる顔が、何だかぼやけて良く見えない。
何度か瞬きを繰り返すと、ようやく焦点が合ってきた。ぼやけていた姿が、徐々にはっきりとしてくる。
「………、……ノコ?
…あいっ、たたたた……;」
覗き込んできた顔が誰か分かって、起き上がろうとすると身体に鈍い痛みが走った。
頭痛に顔をしかめながら、クリスケはあたりを見回す。どうやら、ここは急ごしらえの病院らしい。
クリスケの周囲にいるのは、ノコ一人だけだ。それに気がついて、クリスケは一人で首を傾げた。
夢の中で自分を呼んだ声。あれは、
—— ……ノコの声…じゃ無かった気がするんだけどな…?
この間のように夢の記憶を辿り出したクリスケの前で、ノコは呆れた表情でひらひらと手を振った。
「…おーい、クリスケさん?
やっと意識を取り戻してくれたかと思ったら、まーた考え事ですか?」
「……え?あ、ごめん…!;
…ねぇ、さっき寝てるとき、誰かオイラの名前呼んだ?声が聞こえたんだけど…」
ごまかすように顔を上げて、クリスケはノコを見やった。
質問を向けられたノコは、自分でも自分の記憶に自信が無いらしく、
しばらく唸っていたが——やがて、首を振った。
「俺の記憶が正しければ、さっきからこの部屋にいたのは俺だけだ。空耳か、寝ぼけただけだろ?
…ていうか、お前、本当に大丈夫か?
気絶する前に何があったか、ちゃんと覚えてるか?」
「そっか…。えと、ちょっと待って。気絶する前…?
えー、とー…?確かいつもどおり噴水の所にいてー、…それで……」
仰向けのまま、額に手をやって記憶を辿る。
ノコに背中を叩かれて、夢の話をして、そして。見上げた空一杯に広がった———
闇色の空が、脳裏に駆け抜けた。
「あ゛————っ!!!」
叫び声をあげて、クリスケが飛び起きる。
その声の大きさに、ノコが耳を押さえて何か文句を言ったが、それすらも聞こえないらしい。
頭の中を走り抜ける光景が、そのままクリスケの口からあふれ出す。
「思い出した!
急に空が黒くなって、嵐が来て、爆発があって地面が沈んで……!
しかも影の女王がいてっ、それで…!」
掛けてあった布を無意識に握り締めて、クリスケは思い切りまくし立てた。
その見幕ぶりに、ノコは少し後ずさり、ぶんぶんと身体の前で手を振った。
「ちょ、おい、落ち着けって!ていうかお前、傷が開くぞ!
…お前なあ、あの後俺が、どんだけ苦労してお前を追っかけたと思ってるんだ!?」
「……え?追っかけた…?オイラ、なんかしたっけ?」
叫ぶことを中断して、きょとん、と見返してくるクリスケにノコが一つため息をつく。
「…お前はあの後、あの風にぶっ飛ばされて、
俺は嵐の吹き荒れる街を走り回って、やっとお前を見つけたと思ったら気絶してるわ怪我してるわで、
病院に入院してからも、…ず——っと、意識不明だったんだぜ。
チビ達も先生も、凄い勢いで心配してたし」
「……ほんと?」
「ああ。…ちなみにお前今、今日が何日か分かってるか?」
「……ううん」
首を振るクリスケに、ノコはそりゃそうだよなぁと独り言を呟いた。
しばらく考えた後、クリスケの前に人差し指をビッと一本突き出す。
一本、ということは一週間も気絶していたのだろうか——と目を瞠ったクリスケは、次の瞬間耳を疑った。
「あの日から、約一ヶ月弱だ」
ノコの言葉に、クリスケは明らかに音を立てて固まった。
…え?あれ?一週間じゃなくて一ヶ月?一ヶ月ってつまり四週間でつまり三十日間だよね?
え、じゃあなんでオイラ普通に生きてるんだろ一ヶ月も多分飲まず食わずだったんだよね、
でもそんな全然そんな感じは——
混乱のあまり頭の中をぐるぐると妙な思考が駆け抜けてしまっているクリスケが落ち着くのを、
ノコはしばらく無言で待っていたが——
…べしっ!
…我慢の限界に達したらしい。
たっぷり呼吸三回分ほどの間を置いて、ようやく落ち着きを取り戻してきたクリスケがのろのろと顔を上げた。
落ち着いた事で叩かれたという事にも気づいたのか、その表情は複雑だったが。
「あー、もう、とりあえず落ち着けっての!特に変なトコも無いならそれで大丈夫だろ?
あの後だけどな、結局この街はかなり沈んじまった。
丘の上から見てみたけど、この城下町だけ干上がった湖みたいになってたぜ。
それに、部分部分は、完璧に地面の下だし…この病院も、今は地下にあるんだ。
まぁ、その分これ以上沈まないから安全だろうってことで、使われてるんだけどな」
言葉を紡ぎながら、ノコがふっと病院の天井を仰ぐ。正確には、その天井の向こう。
クリスケはまだ知らないが、そこには洞窟の天井のような地面が広がっている。
一体何がどうなったらこう建物が沈むのかは検討もつかないが、おそらくこれも影の女王の力なのだろう。
苦笑なのか自嘲なのか良く分からない笑みをこぼして、クリスケへとノコは視線を戻した。
「もう街では復興作業が始まってるぜ。
影の女王もこっちまでは手ぇ出してこないし、…まあでも、ガレキの片付けくらいしか出来ないんだけどさ。
お前も、元気になったら手伝いにいけよ?…ただし、王城にだけは近づくな」
…絶対にだ、とノコは念を押して険しい表情を作った。
見慣れない表情に戸惑って、クリスケが首を傾げる。
「……王城に?
以前から近づいたことなかったけど…なんで?そもそも、あそこはオイラ達入れないじゃないか」
「いいから!…よく聞くんだ」
声を落とし、ノコは誰も部屋に入ってきていないことは分かっている上で、周りを見回した。
本当に誰も周りにいないことを確かめて、口を開く。
「あの後、影の女王はこの国と城を乗っ取った。
お前の言ったとおり、あの嵐のとき見かけたやつだよ。——今やもう、完全に影の女王の天下だ。
あの城に近づいたら、…何をされるか分からない。…もう…、何人も、行方不明者が出ているんだ」
「……そっ…!?」
「いいから、俺に言えるのはそれだけだよ。王城には、近づかないこと。
……とにかく、早く具合良くしろよな」
告げられた事実に腰を浮かせかけたクリスケを手で遮って、逆にノコが立ち上がった。
クリスケが様々な心情が混ざった顔で見上げると、ぽふ、とその膝の上に何かを放り投げる。
あの嵐の時に吹き飛ばされた、クリスケが腕に巻いていた飾り布だ。
「…これ……」
「ああ、お前を探してた時にお前よりも先にこの布が見つかってさ、返しそびれてたから。
それじゃ、俺急いでるからもう行くぞ。ついでに、皆にお前が気がついたって言っとくから。
多分今色々聞きたい事あるんだろーけど、悪い、皆に聞いてくれ」
俺なんかじゃ今の状況マトモに説明できやしないし、と口の中だけで呟く。
もちろんその呟きの届かないクリスケは、何かを言おうと口を開きかけたが、
それよりも早く、軽い音を立てて病室の扉は閉まってしまった。
「………」
しばらくの間、クリスケは扉を見つめていたが——やがて、一つため息をついて視線を外す。
なんとなく、ノコの考えていることは分かっていたから。
とん、とん、と少しずつ足音が遠のいていく。
病室から遠ざかりながら、ノコはふっと後ろを振り返った。
さすがに相手できる自信無いからってロコツに逃げて来すぎたかなー、と苦笑いする。
あの時のことを思い出すのも事情を何も知らない相手に伝えるのも、不器用な自分には難しすぎだ。
幾つかの部屋を通り抜けて、ようやく外に通じる扉を開いた時、ふっとノコの耳にあの時のクリスケの声がかすめた。
自分に向かってまくし立てながら、クリスケは何と言っていた?
——……あいつ、俺が教えてもないのに、
あの時塔にいた奴が影の女王だって……知ってなかったか?
少しの間ノコは首を捻っていたが、やがて、まあいいや、と呟いた。
只でさえ、今は考える事が多すぎるのだから、些細な事は気にしない方が良いだろう。
そう一人で結論付けて、ノコは復興現場に駆けていった。
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一人きりでベッドの上に座り込み、クリスケは考え込んでいた。
先ほどの、真剣な表情で告げたノコの言葉が、耳の中で未だに響いている。
王城にだけは、近づくな。
城下街に住んでいるのだから、遠目になら王城は何度と無く見てきた。
なんとなく怖くて近づいた事は無かったが、遠目からでも、立派な作りだと一目で分かる城。
その城も、女王に乗っ取られてしまったと言う事は…、城にいた人たちは、一体どうなってしまったのだろう?
「…なんで、こんな事になっちゃったのかな…」
誰にとも無く呟いた時、ふっ、と頭の中に一つの景色が浮かび上がった。
闇に満ちた世界。
一瞬何処か分からずに混乱したが、すぐに分かった。あの時、女王が来る直前に見ていた夢の景色だ。
真っ黒になった空、人気の無い世界、崩れた王城。この光景は、まるで———
…そこで、クリスケは考える事を無理矢理打ち切った。
大体、あの夢の中では誰もいなかったけれど、この街にはまだちゃんと人がいるじゃないか。
そう自分に言い聞かせながらも、視線は無意識の内に外へと向かう。
ちらりと盗み見た窓の外は、やはり真っ暗なままだ。
——そっか。今は、地下にあるんだから何も見えないよね…。
…結局、オイラ、また何もできなかった…
窓から視線を外して、クリスケはそのままうなだれた。
受け止めなくてはいけない現実は、これじゃあまりにも重すぎる。
重ねてため息までついた時、クリスケはふと違和感を感じて顔を上げた。
ふわり、とした不思議な感覚が身体に伝わる。
辺りを見回すと、開いている窓にかかっているカーテンが揺れていた。一筋の風が吹き込んでいるのだ。
おそらく、それがたまたま自分に触れたのだろうが、
—— ……?地下って、風が吹くものだっけ?
首を傾げて、窓を閉めようと立ち上がる。
すると、まだ体が本調子ではないのか、立ち上がった拍子に軽いめまいに襲われた。
転んでしまわないように、慌ててクリスケはベッドの枠を掴み、
…そのまま、目を見開いて固まった。
——…も、…私の……達の…街を……!
突然、聞いたことも無い声が耳の奥ではじける。
声と共に、見覚えの無いどこかの部屋が脳裏をかすめた。自分の記憶には、無いはずの。
赤い雷が走って、そして……。
—— …幻?
そのままの姿勢でクリスケはふるふると頭をふって、よけいげんなりとしてうなだれた。
次から次へと色んな事が起こりすぎていて、ついていけない。
いくら疲れていたりショックを受けたときでも、こんな幻なんて見たことがなかったのに。
—— 一ヶ月も寝てたんだもん、きっとオイラまだ寝ぼけてるんだ…;
…外の空気でも吸ってきたら、少しは治るかな…めまいも何だかまだ治まらないし。最悪だよお…。
はぁ、ともう一つため息をつくと、クリスケは病室の扉を開けた。
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噴水の音以外には、何の音も聞こえない。
「やっぱり、この噴水広場が一番落ち着くなあ……」
あの日と同じ噴水の縁に腰かけて、体の後ろに両手をつきクリスケは空を仰いだ。
あの日までは、そこには綺麗な蒼が広がっていたのだが、今あるのは真っ暗な闇だけだ。
長い間見ていたくなくて、クリスケはすぐに視線を降ろした。
そうして降ろした視線を、そのまま辺りへと向ける。
「誰もいない……。
前なら、いつだって人がいたのになぁ…」
このあたりの中心街は、復旧はあらかた終わりガレキは片付けられ、とりあえず通れるようにはなっている。
しかし、影の女王がいる今はそれが限界らしく、家々にはヒビが入っているし、石柱は地面に倒れたままになっていた。
病院の人いわく、あの騒動で大半の人が街の外へ避難したので、余計復旧が進まないらしい。
しばらくクリスケは一人で噴水の音を聞いていたが、やがて自らの思いを吐き出すようにぽつぽつと呟き始めた。
誰も聞いていないのだから、構わないだろう。
「オイラ、影の女王のこと…どこかで聞いたこと、ある気がするんだけどなあ…。
…そうだ、そうだよ。絶対にどこかで聞いたことある…あいつのこと。
……何でオイラ、影の女王の顔まで何となく分かるんだろう…」
自分で自分に首を傾げたくなる。
なぜ、影の女王について、知らないはずの事までうっすらと覚えているんだろう?
嵐の時に会ったから、とはクリスケは思えなかった。
あの時は遠目から見えただけで、影の女王の顔も名前も、知る手段は無かったはずだ。
しかし、…影の女王の容姿が“分かる”。まるで、遠い昔に一度見た何かを思い出すように、思い描ける。
記憶を辿ってみても、以前にあんな女王と出会った記憶は無いというのに。
もう一度クリスケが首をかしげた、その時。
『……当たり前だ』
「…え?」
突然、誰かの声が聞こえた。
驚いて、きょろきょろと辺りを見回してみるが、そこにはさっきと同じ、誰もいない風景が広がっているだけだ。
まさかと思って上も見上げてみたが、もちろんそこにも何も無い。
—— …まだ寝ボケてるのかなぁ……?
その考えに納得し、
そろそろ帰ろうと立ち上がったクリスケが噴水に背を向けたとき、またあの声が響いた。
『…ここだよ』
「え…だって、人影なんてどこにも…」
その時、一つの考えを思いついて、まさか、とクリスケの顔が青ざめた。
この前の嵐で、…きっと、亡くなってしまった人もいるに違いない。
急な嵐で、未練を残したまま死んでしまった人も。…ようするに。
「もも、…もしかし、て……。……ゆ、幽霊ッ!?」
『違う、…失礼な…!
ここだ!…お前の中にいる!』
びし。
クリスケの思考が、硬直した。
えーとえーと、お前の中ということは多分自分の中ということで、つまりその…
「なっ…オイラ、ってことは……憑依されてるってことっ!?
…じゃあ、やっぱり幽霊——ッ!」
パニックになったクリスケが、宙に向かって絶叫する。
その声は自身も途方にくれているように小さく呻いて、一つのため息をついた。
そして、自らの名前を名乗る。
『違う、と言っているのに…!
私だ!……国王の、魂だ!大切な話があるから、お願いだ、聞いてくれ…!』
しかしそれは、パニックになっているクリスケにとって、
なおさら衝撃の大きすぎる名前でしか無かった。
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しばらく後、なんとか落ち着きを取り戻したクリスケは、
一度困ったように視線を宙に彷徨わせた後、おそるおそるその声に向かって話しかけた。
どこを見て話せば良いのかが良く分からないが。
「えと、大切な話…って、何ですか?
そもそも、どうして国王様の魂…なんですよね?国王様が、こんな所に…?」
『…お前は、知らないのか?
街で、騒ぎになっていなかったか?私の事で…』
出来ればその話はしたくないのだろうか、躊躇するような雰囲気が声に滲んでいる。
滲んでいる——のは分かるのだが。
クリスケは、内心で頭を抱えた。
…あの日から今日まで意識不明だった事を、こんな事で悔やむ事になろうとは。
小さく呻き、額に手をやってクリスケは苦笑する。
「……えっと、その。
実は、あの嵐の日から今日までずっと意識不明になっていて…」
『…………。
……単刀直入に言うと、影の女王に殺され』
…殺さ、れ?
国王の声の途中で、クリスケの思考がまたもや止まった。その言葉の先が、頭に留まらずに消えていく。
殺された、という単語だけがぐるぐると頭の中を回っている。
頭が整理するよりも早く、クリスケの心の中の絶叫が先に口から飛び出した。
「……こっ…。
ってことは…やっぱり幽霊じゃないですかぁあ——ッ!」
『——落ち着いてくれ。伝えなくてはいけない事がある』
静かで淡々とした、しかし真剣な声に、ようやっとクリスケは悲鳴を飲み込んだ。
立ったばかりの噴水の縁に、もう一度そろそろと腰掛けて顔を上げる。
ほんの少しの沈黙が降りた後、様々な思いの含まれている言葉が自分の中で響き始める。
『……あの影の女王は、人の心の憎しみや怒りの化身のようなものだ。
あのまま放っておけば…間違いなく、この街だけでなく、周辺の村や町を滅ぼしつくすだろう。
……いや、この国だけではなく、遠くない内に…この世界全てが滅ぼされてしまう。
女王を止める存在が必要だ。…この世界の危機に、立ち上がってくれる勇者が』
憎しみや怒りの化身。世界全てが滅ぼされる。
現実感の無い言葉だったが、今のアリウスと、国王の声色がその言葉が真実である事を伝えていた。
…心臓が、いつもよりもずっと早く走っている気がする。
背中に寒さを感じながら、パニックの一歩手前でクリスケはその言葉を聞いていた。
実際に、どこか安心できるような国王の低い声ではなく、
ノコが同じ内容のことを早口で喚きたてていたら絶対にパニックになっていただろう。
ぐっ、と膝の上の手を握り締めて、クリスケは虚空を見上げた。
「…どう、すれば……?
オイラは只のクリボーで、女王を止めるとか、戦うことなんて出来ないと思…」
『違う、そういう問題じゃない。
…選ばれたのは、お前の魂。だから私は、ここにいるんだ。
お前に頼みたいのは、この世界のどこかにいる、四人の勇者を探すこと』
このアリウスを、世界を、…大切な皆を守る存在。
クリスケは必死で、頭の中で今の話を整理する。
…いや、正確には整理しようとしたのだが、次の言葉のインパクトが強すぎた。
『……それからもう一つ、理由がある。
お前は、前世の記憶を持っているんだ』
一度瞬きをして、へえ前世の、と普通に相づちを打つ。
…呼吸一つ分の間を空けて、ぴた、とクリスケの動きが止まった。
それに気づいた国王が訝しんで声をかけようとすると、
「……って前世——ッ!?…ど、どういうっ、ことっ!?」
絶叫のごとく迸ったクリスケの声に、国王は複雑な心境で一つため息をついた。
未だにぱくぱくと声にならない悲鳴を上げているクリスケには、聞こえることは無かったが。
『……大丈夫か?』
何度か声をかけられて、ようやくクリスケの目が落ち着きを取り戻す。
それを見て、国王は再び話を再開した。
『……今はまだ、お前の中で眠っているが。
あの影の女王は、私たちの世界に元々いた訳では無い。
…物語で読んだ事があるだろう?“別世界”が、私たちの周りには本当に存在しているんだ。
影の女王は、そこからやってきた存在。その世界も、影の女王は同じように滅ぼした』
「別、世界……?それって、オイラたちが小さい頃に読んでもらうような本に出てくる、
ここじゃない世界のこと…?存在してるって…本当に?」
小さな頃はそんな世界に憧れたりもするが、大きくなれば皆その世界は空想のものだと知る。
もちろんクリスケもそうだったし、そう思っていた。
半信半疑で問いかけると、頷くような気配が返ってきた。
『お前の魂は、そこにいたんだ。そして、全てを見ていた。だからこそ、お前は選ばれた。
このままでは…私たちの世界も、その世界の二の舞になってしまう。
これ以上、被害を増やしてはならない…どうか、勇者たちを探す旅に出てほしい。
私も、…一緒に行こう。もう、世界を、滅ぼさせないためにも』
「……っ…」
息を呑んで、クリスケは呆然と虚空を見つめた。
信じられないことばかりだった。しかし、この話を聞けば、今までの事ともつじつまが合う。
まるで、決定的に足りなかった何かが、何かの壁を壊したかのように、全てが繋がる。
影の女王の顔を何となく覚えているのも、そのせいなのだろう。
——この世界を、守るために…。
一度強く目を瞑り、自分の中の恐怖を振り払う。
目を開いて闇色の空を見つめ、クリスケは言った。
「……行きます!四人の勇者を…探す旅に!」
空を見上げる。今は闇色だが、かつては澄み渡るような蒼に彩られていた空。
この空の下にいる、全ての人の明日を守ろう。
こんな小さな体で、何が出来るかは分からなくても、出来るだけのことを。
国王が、安堵したかのように小さく笑う声がした。
—— …なんで、国王様がこんなことを知ってるんだろう?
ふとそんな思いがよぎったが、それはほんの些細なことで。
next・・