もう幾つ目の角だかわからない。ほとんどやけっぱちに目の前の角を左に曲がった瞬間、クリスケとグリムは目を見開いた。膝に手をついて呼吸を整えているルーシャンの後姿が視界に飛び込んできたのだ。二人は一度歯を食いしばって息を飲み込むと、全力で叫んだ。

「つか」
「まえ」
「「たーっ!!」」
「っわああ!? な、なんだ、グリム君とクリスケ君か、びっくりしたなぁ! なんだい急に!?」

 彼の腕と腰にそれぞれしがみつきながら、クリスケとグリムはしばらくゼーゼーと荒い呼吸を繰り返していた。……ルーシャンが極端に足の遅いタイプで幸いだった。それでも途中でルーシャンを見失ってしまったり、ショートカットが裏目に出てしまったりで、相当長い距離を全力疾走してきたのだ。そしてなにより、
「ルーシャンさんっ、なんで、僕達があんっなに、名前、呼んだのに、気づかないんですかっ!」
「え? ……え? そうなの?」
「一回、オイラなんて、ルーシャンさんのばかーって叫んじゃったん、ですけど…」
「…ああー、それは聞こえてなくて幸いだったかな? 今聞いちゃったけど? しかし馬鹿は酷いなぁ…こっちだって遅刻寸前…じゃないっ、そうだ遅刻! 遅刻なんだよ僕は! 二人とも用件は後に……」
 狼狽気味なルーシャンの声を遮り、クリスケは鋭く叫んだ。
「3分だけ!」
 ルーシャンの腕を掴む手に、力を込める。
「教えてください! さっき、港の桟橋は、“呼び出せば”あるんだって言いましたよね? どうすれば桟橋を呼び出せんですか!」
 必死だった。クリスケの勢いに気圧されたように、ルーシャンが微かに身を引いて、グリムを見た。グリムが小さく頭を下げる。
「僕からも。お願いします」
 そして、やっと思い出したようにルーシャンから身体を離し、呟く。
「……ごめん、驚かせて。僕ら、どうしても桟橋を見て確かめなきゃいけないことがあって……。さっき、港に行ってみたんだけど、桟橋なんて何処にもなかったんだ。…でも、あるんだよね?」
「そりゃあ……」
 ルーシャンが頭を掻いて、さてどうしたものか、と自分の腕にしがみついたままのクリスケを見下ろした。表情から、離してくれる気配もないことを読み取り、溜息をつく。
「もちろん、あるけど、君達には呼び出せないよ。魔法で沈めてあるんだもの」
「…魔法で?」
 グリムが眉を潜めた。ルーシャンが、苦笑いしながら頷いてみせる。
「というかねー、沈めたの、僕なんだ。女王が来る一ヶ月くらい前だったかなぁ、デュールさんがフラッと家に来てね、あの桟橋を沈めとけって言ったんだよ。理由は知らんけど占いにそう出たって。あ、ペンデュールさんのこと、知ってる?」
「……昔、噴水広場に住んでた占いのお婆さん?」
「そう、そのひと。そんな訳で」
 クリスケに視線を戻し、ルーシャンは表情を曇らせた。
「申し訳ないんだけど、3分じゃ無理なんだよ。必死なのは良く分かったし、めんど…じゃなくて、大変そうだから事情も聴かないけどね、どうしても今すぐじゃなきゃ駄目かな? 明日で良かったら、改めて、僕が港まで一緒に行くけど……」
「それは……」
 バツが悪そうに俯いて、クリスケは口ごもった。確かに言ってしまえば、どうしても、今すぐ、一日も早く、なんて、自分が待ちきれないだけの我侭なのだ。一日くらい、我慢して……
 口を開きかけたクリスケを、グリムが片手で制した。
「……ルーシャンさん、ちょっといい?」
 もう片方の手で挙手しながら、にっこりと笑みを浮かべる。
 普段、無表情の人間がいきなり微笑むと、それだけで地味な迫力があるもので——反射的に頷きながら、ルーシャンは心の中で冷や汗を流した。…なんだか凄く嫌な予感が。
「僕、ちょっと良いこと思いついたんだ。……ルーシャンさんは遅刻のお咎め無しで、僕らは今すぐ桟橋を見に行ける方法」
「え、…どういうこと?」
「まあ、僕らも一回時計台まで寄り道しないと駄目だけど。……クリスケ、」
 クリスケもルーシャンも、話に置いてけぼりを食らってきょとんとしている。ぽん、とクリスケの肩に手を置いて、グリムは微笑んだ。
「君、演技って得意?」
「え?」
「演技」
「え、演技? ………。グリム、さ、オイラがいっつもキノエさんに嘘見抜かれて結局叱られるの、散々見てるよね…?」
「分かってる、聞いてみただけ。でも、頑張ってもらわないと。どうしても今日桟橋を確かめちゃいたいのは、クリスケだけじゃなくて、僕もなんだから。二日連続で期待外れ続きだし、ノコもキノエさんも、首を長くして待ってるだろうしね」
 肩を竦めて、グリムがルーシャンに向き直る。
「ルーシャンさん、僕らも時計台まで一緒に行って良いですか?」
「あ、ああー、……えーと、なんというかね、グリム君とはまだ知り合って一ヶ月にもならないけど」
 弱り果てたように溜息をつきながら、ルーシャンが力なく笑った。
「多分、君がにこにこ笑い出したら、ノーって言っても絶対通らないんだろうなあってのは良く分かったよ」
「大丈夫、絶対お咎めなしにするから。…じゃ、決まりだね」







 コンコン、コンッ、
 高く鋭く、音が響いた。顔を上げる。とたん、ゴンゴンゴンッ、と急かすような乱暴なものに変わったノックの音に、少年は慌てて扉に駆け寄った。神官の帽子を取り落としそうになりながら、分厚い木の扉を細く開ける。
「ど、どなたですか……?」
 また、闇の城から怖いものが来ていたらどうしよう。そんな心配をする暇もなかった。空色の瞳と、自分と同じ栗色の髪が視界に映り——ほっとしたのも束の間、
「すいませんっ、神官長さんはいませんか!?」
「えっ、わ、パ、パルナッタ神官長様は今、御留守です……!」
「……、そんな……!」
 縋りつくような剣幕で叫んだ彼は、一瞬絶句して、すぐに苦しそうな表情に変わった。何か大変なことがあったらしい、と察して、おずおずと尋ね返す。
「その、何か、急ぎの御用ですか?」
「えっと、その…」
 口ごもり、背後を振り返る彼の視線を追って、少年は初めて来客が一人だけでないことに気づいた。緑色の髪をした、自分より少し年上に見える少年。その隣には、
「ル、ルーシャン神官!? 一体どうしたんです? ノラ神官が、交代の時刻からもう一刻も過ぎたって、物凄くお怒りになってたんですよ!」
「え、あーと、それがね…」
 曖昧な表情を浮かべたルーシャンの言葉を引き継ぐように、緑の髪の少年が口を開いた。
「……すみません。ルーシャンさんを引き留めていたのは僕らです。それで、すみませんが、彼をもうしばらく貸して頂けませんか?」
「え、ええ? その、ぼ、私には、ちょっと、そこまでの許可を出すことは…」
「お願いします! 神官長さんがいないなら、せめて、ルーシャンさんと交代予定だった神官の方に事情を説明出来ませんか? 急いでいるんです!」
 ……どうしよう?
 途方に暮れて、少年が視線を彷徨わせていると、ぽつりと呟く声がした。
「…兄弟の」
 とても小さい声。
「兄弟の、形見のメダルを、水路に落として……」
「あ…」
 震えた口調と、形見、水路、急いでいること、諸々の言葉が少年の頭の中で磁石のように繋がって、一編の物語を紡ぎだす。
 多分、彼はとても大切な、形見のメダルを水路に落としてしまった。水路という水路にはあの恐ろしい魚がいるから、普通の人には探せない。ボヤボヤしていたら何処かに流れていってしまうかもしれない。ルーシャン神官が一刻も遅れたのは、多分、メダル探しに魔法で協力していたのだろう。で、一刻経っても見つからないので、ひとまず一度事情を説明しに…。これは大変だ……!
「……わかりました、私が事情を伝えておきます。時計と鐘も見ていますから、ルーシャン神官、どうか行ってきてください!」
「ごめんね、ありがとう。…あれ、ノラ神官は?」
「ノラ神官は待ちくたびれて先に帰ってしまいましたよ。神官長様には私から事情をお伝え出来ると思いますが、ノラ神官への事情説明は、ルーシャン神官からお願いしますね」
「うわ……」
 ルーシャンが頭を抱えるのを尻目に、少年は、——クリスケの手を力強く握り締めて、言った。
「大丈夫っ、メダルは絶対に見つかります! どうか諦めないで! ルーシャン神官は僕らの間でもとても魔法を扱うのが上手いんですから。時間なんて気にしないでいいですからね!」
 それを一気にまくし立ててから、一度ぺこりと頭を下げると、少年はそそくさと時計台の中に戻っていった。…多分、他の神官仲間に、事情を説明しに行ったのだろう。
「………」
「…………」
 彼が帰って来ないことを、たっぷり三呼吸分は待って確かめてから、クリスケは深い溜息をついて——
「うあああああ、ごめんなさいっ本当ごめんなさい! どうしよう、色んな面で罪悪感が酷すぎる…!!」
 へなへなと座り込んでしまうクリスケの隣で、ルーシャンも苦笑いしていた。
「子供の発想って素直すぎておっかないなー。確かに僕はさ、ノラの性格的にも一刻も僕を待ってるはずがないから、素直で純粋で真面目な11才のクォリ神官補佐が玄関守にあたってるはずだって言ったけどね、うん、まさか本当にグリム君の計画が通るとは思ってなかったよ」
「あ、彼、クォリ君っていうんですか。……とりあえず、後でちゃんと謝りに」
「あれ、そこはちゃんとするんだ。それにしてもねえ、本当、神官長が留守って聞いてどうしようかと思ったけど、結果オーライだったかな。あの人、なかなか鋭いからなあ」
 一度溜息をついてから、さて、とルーシャンはクリスケに向き直った。
「まあ、おかげで、僕は今日一日フリーになったことだし。ええっと、東の港に行けば良いんだったよね?」
「あ、…はい、お願いします! その……」
「先にもっかい言っておくけどー」
 一瞬、口ごもり、何か言おうとしたクリスケを、ルーシャンが遮る。
「僕はめんどくさがりだから、君達の事情は一切聞かないよ。それでもいいかな?」
「……」
 今まさに口にしようとしていたことを、先手を打たれるような形で塞がれて、クリスケはちょっと面食らった。時間が出来た訳だから、やっぱり、自分たちの事情を伝えないといけないかなと思ったのに。首を傾げながら、おずおずと言葉をつけたす。
「…オイラは、大丈夫、ですけど。ルーシャンさんは良いんですか?」
「うん、僕、めんどくさがりだからねー。グリム君も、良いよね?」
 頭の後ろで手を組んで笑うルーシャンを、グリムはしばらく考えるように見つめてから——頷いた。
「よーし、じゃあ、行こうか。途中で一回僕の家に寄らせてね。僕だって、杖がなかったら何にも出来ないからさー」
「ルーシャンさん」
「ん、なんだいグリム君?」
「ありがとうございます」
 静かに、深く頭を下げたグリムを、ルーシャンは呆気にとられたように見つめて——苦笑し、「どういたしまして」と、呟いた。









 地下の暗闇に閉じ込められた水面が、満月を迎えたかのように輝いている。
 クリスケとグリムは、息を呑んで、杖を手に佇むルーシャンの後姿を、見守っていた。足元には、チョークで引かれた小さな魔方陣。普段の、へらりんとした彼の声が嘘のように感じられるほどに凛と張った声が、低く、高く、波打ちながら、呪文を紡いでいく。
「Arde, elinct elincte yaubeluf arst veli nikys, oru relvis rdwos ineyod esmipr esairp, yubeuf ldrw. (天空に住まわる星よ星々よ、銀の言葉は制約に従いて、世界の存在を讃えるものなり)」
 ルーシャンの手の中で、杖が、ゆっくりと、淡い銀の光に包まれ始めた。彼の身長よりも僅かに高い細身の杖に、びっしりと刻み込まれた魔法文字。そのひとつひとつが、蛍のように瞬きを繰り返す。
 それは、天空の星に助力を乞う魔法の呪文だった。アリウスに暮らす神官たちは、日頃の鍛錬と祈りの力をもって、星の光と同じ色の銀の杖を媒介に——微かにとはいえ、世界の秩序を操ることが出来る。アリウスの街のあちらこちらにある、宙を移動する大理石の道や、人を転送する魔方陣、それらは全て、彼らの魔法によって編み出されたものだ。もちろん、地上に通じる抜け道、もとい、かつては王家の脱出の為につくられた抜け道たちも、何百年か前の神官たちがつくったもの。
「Oru noss nithndwi, niertwa, nirefi, nithear. Yaubeluf noss anwer niertwa, esealp nestli ym soiv. Esealp kewap th neo peelsin nirouyndah! (歌は流れる風の中に、流れる水の中に、揺れる炎の中に、揺るがぬ大地の中に。流れる水に宿る歌よ力よ、我の願いに耳を傾けたまえ。彼に抱かれて眠る者に、目覚めの声を!)」
 ルーシャンが、詠唱の完了と共に、杖を鋭く石畳に打ちつけた。魔方陣が輝き、水面が、ざわりと波打つ。あの巨大な魚たちが、なにごとかと顔を出しては光に目を焼かれ、逃げていく。
 微かな地響き。
 —— そして、ゆっくりと、石造りの道が、水中から姿を現した。
「はい、一丁上がりー!」
 ルーシャンが杖を魔方陣から離すと、一瞬で、辺りをあんなに明るく照らしていた銀の光が掻き消えた。かろうじて、杖の先端に蝋燭のような光が残っただけだ。その明かりに照らされて、彼の正面に広がる水面がチラチラと光る。慌しく波打つ音がまだ続いていた。突然出てきた石桟橋に、海の水のほうが戸惑っているらしい。
 笑顔で振り返ったルーシャンが、はた、と首を傾げた。
「…んん? どうしたんだい二人とも。そんな、幽霊見たような顔しちゃって。別に、僕ら神官の魔法なんて、見慣れてるでしょ?」
「いや、その…」
「ちょっとギャップが」
「あっれええ、おかしいなあ。変だなぁ、なーんにも聞こえないなあ?」
 ひととおり、おどけて肩を竦めてから、ルーシャンは咳払いをすると、杖の先端を手の平にとんとんと打ちつけた。光の粒が、火花のように零れる。
「まあいいや。クリスケ君、今、ランタン持ってるよね?」
「あ、…持ってますけど、もう蝋燭がなくて」
 我に返って、クリスケは布袋の中からランタンを引っ張り出した。ここに来るまでは、ルーシャンが杖の灯で道を照らしてくれたので、しまっておいたのだ。そもそも、港で桟橋を探すのに時間を掛けすぎたせいで、蝋燭の芯が尽きてしまっている。
 おずおず、といった感じでクリスケが差し出したランタンを受け取ると、ルーシャンはふにゃっと笑った。
「大丈夫、心配要らないよ。ちょーっと失礼するねー」
 手のひらの中で、ランタンをくるくる回す。それから、口の中でなにか呟いて——杖で、とん、と叩いた。ランタンが微かに震え、尽きかけていた蝋燭の芯に、静かに、青い光が灯った。
 目を丸く瞠って、感嘆の声をあげたクリスケの手にランタンを返しながら、ルーシャンは言葉を添えた。
「簡易版だけど、魔法灯の代わりに。多分、まあ、2時間くらい?ならもつはずだよー」
「うわぁ、ありがとうございます! なんか、その、ほんとに、無理なお願いばっかりしちゃって……」
「いいのいいの、困った人の頼みをきくのも神官の大事な仕事だから。……それじゃ、僕はそろそろこの辺で失礼しようかな」
 ひらひらと手を振って、ルーシャンが踵を反す。その背中に、グリムが言葉を投げかけた。
「ルーシャンさん。また、明日、家に遊びに行っても」
「うん、大歓迎。多分、グリム君のおかげでお説教はないだろうから、いつもの時間に来てくれたら嬉しいかな。じゃあ、二人とも。探しものが見つかるように、空の星に願ってるよ」
 まるで指揮をするように、柔らかく杖を振ると、ルーシャンは小走りで来た道を戻っていった。

 杖の先に灯る灯が、少しずつ小さくなって、道の奥に消えるのを見送ってから。クリスケは振っていた手を下ろすと、微かに表情を曇らせて、グリムを見やった。
「…グリム、どうかしたの?」
 さっきからずっと静かだし、俯いてるし、明らかに時計塔に乗り込んでいったときの元気が無い。グリムが、気遣わしげなクリスケの声に、ちょっとだけ視線を上げる。そしてすぐに下ろし、溜息を付いた。
「ちょっと、反省してた」
「反省?」
「そう。……ううん、でも、なんでもないんだ。ほら、早く行こう。ノコもキノエさんも、待ってるよ」
 誤魔化すように笑い、クリスケの背中をとんとんと叩く。促されて、クリスケは港の水面を振り返った。足元から、まっすぐに伸びている石桟橋の表面が、魔法灯の光を反射している。まだ、濡れているのだ。
 ゆっくりと、足を踏み出す。硬い石畳の感触が伝わってきた。ランタンを持ち上げてみると、10メートルくらい先で、光の反射が途絶え、そこからは暗闇が続いていた。あそこまで行けば、多分、抜け道の有無が、分かる。一度唾を飲み込んで、クリスケはグリムを振り返った。
「あのさ、えーとその、本当に大丈夫? なにか気になることあるなら、」
「大丈夫だってば。もう、あんまりよそ見してると、落っこちたって知らないからね」
「う、それはちょっと、あんな魚いるんだし」
 桟橋に向き直り、クリスケは一度だけ溜息を付いた。やっぱり、どうしても少しは、怖かった。桟橋の両側に広がる暗い海もだけど、それ以上に、——また、抜け道なんて無かった、とがっかりするんじゃないか、とか。そんなことが、頭の隅をちらちら掠めてしまう。
 首を振って、悪い想像を頭から追い出すと、クリスケは歩き始めた。間違っても落ちないように、ゆっくりと、慎重に。後ろから、同じようにゆっくりとグリムの足音がついてくる。
 そして、
「………」
 桟橋の突き当たりで、クリスケはきょろきょろと辺りを見回した。微かな波の音が、桟橋にぶつかっては弾けて、消えてゆく。グリムが、小さな声で聞いた。
「……無い?」
「…まだ、わかんない。ううん、ちょっと待って、」
 目を閉じて、カーレッジの言葉を思い出す。三日間も、何度も何度も暗誦してきたのだ。間違えているはずは——
「…あ」

"東外れの港。石桟橋。その向こう側。その先の……渡りきった先の、石の小島”

「その、向こう側……」
 桟橋のぎりぎりまで前に出て、クリスケはランタンを高く持ち上げた。隣に立って目を細めていたグリムが、それを、先に見つけた。「うわ」と呟いて、頭を抱える。
「冗談でしょ……」
「え? え、何が冗だ…うわあ」
 多分、それは、桟橋とは違って、海に沈んではいなかったのだろう。表面が濡れていないから、光を反射しない。だから気づかなかったのだ。
 石の小島が、そこにあった。桟橋の先端から、2メートルくらいの海を隔てて、取り残されたように波間に立っている。桟橋と同じ石で出来ているように見えた。もしかしたら、元はこの桟橋と続いていたのを、抜け道をつくった時に切り離したのかもしれない。……って、
「な、なんでこんなめんどくさいことに…!? 元々、脱出通路なんだから、もうちょっと速やかに使えるような場所に作ってくれたって…!」
「ここの抜け道は空が飛べる種族用だったのかな…? クリスケ、君、パタクリボーだったら良かったのにね……」
「そんなこと言われても、オイラクリボーだし…! う、うーん、頑張れば…頑張れば、これくらいの距離だったら、跳べるかも……」
「僕じゃ、海に落ちた君をあの魚から助けられないよ…。ちょっと待ってて」
 溜息をつくと、グリムは来た道を振り返った。
「ランタン、借りてもいい? すぐに戻ってくるから。確か、さっき、結構大きい板切れが落ちてたと思うんだ」



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