さて、今日は——
 今まで君に話したものとは違う、ひとつの物語の話をしよう。

 伝説とは、時の流れを旅する中で、幾重もの命を吹き込まれ、やがては川のように分かれゆくもの。
 真実も嘘も織り込まれた、数え切れないほどの細かな支流。
 その中から、今日はひとつ——
 私の知っている、もうひとつの、勇者伝説をお話ししよう。

 …もちろん、どの物語が一番真実に近いのか、信じるのは、君の自由だ。
 私は、ただ其処にある物語を、君に語るだけだからね……。




 ……時は遠く、物語は今から一千年の昔にさかのぼる。

 表の世界からあぶれた者達が集い、騒がしくも賑やかに活気付いたこのゴロツキタウンには、かつて、白亜に美しく輝く、人々が幸せに暮らす街が築かれていたという。
 あるいは一千年後の今よりも進んだ技術が集っていたその街は、私の知るいくつかの伝承では、ひとつの港街どころではなく、当時の王都として描写されている。それほどまでに、繁栄を謳歌していたらしい。
 ……まあ、その真偽は、歴史に埋もれてしまった今となっては分からないけどね。


 石畳の敷き詰められた通りには人々の笑顔と歌声が溢れ、光のようにこぼれ咲いた。街を囲む海は、深い蒼の絨毯のように美しく、沢山の恩恵を街へ与えた。そして、街の中心には、まるで海に抱かれた真珠のような、それは美しく立派な宮殿が建てられていたという。
 海を臨むその城には、若くも、心優しく勇敢な王が住み——そう、今から話す物語は、この街は紛れも無い王都だったと今に伝えているのさ——とにかく、多くの民に慕われながら、その街をよく治めていたそうだ。


 ——しかし、あるときのこと。
 それほどまでに輝いていたかの街は、一夜にして、地の底へと沈んでしまった。
 まるで灯された火に引き寄せられる虫のように——
 街の輝きに惹かれ、闇の世界からやってきた、魔物の手によって……








『オーシャル・アリウス』。
 それが、この物語の伝える——ある詩人に、地上の真珠星と讃えられ、悲劇で幕を閉じたその街の名。
 一千年前の、私たちの街。


 美しい空は闇に覆われ、白石の敷き詰められた大地は震え、割れた。
 世界の終わりと形容するしかない光景に、人々は泣き叫び、逃げ惑い、助けを乞うた。
 長い長い一夜、闇に染められた空は荒れ狂う。
 止むことを忘れてしまったかのような雷と、竜巻のような突風が延々と街を襲った。崩れた街は、諸共に崩れた大地の底へ、抗う術も無く、次々と呑み込まれていった。

 そして、かの街は、歴史の表舞台から、永遠に姿を消してしまったのだ……




 一筋の希望を、闇に覆われた世界に残して。









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