何かを守りたい

それは、生きていれば必ず抱く感情ではないかと思う
失うことは怖くてたまらないから

それならば 同じ恐怖でも

何かを守るために 何かに立ち向かう恐怖を私は選択しよう





ーー四人の勇者の物語 11ーー 出来ることを





研究室の隣の小さな部屋で、ふーっとクリスケは息を吐いた。
クリース特製の薬(殺人的に苦い)で大騒ぎをしていたノコも、今は眠っている。
ちらり、と目だけで部屋の天井を見上げると、木の隙間から差し込む光が随分傾いていた。
もう、だいぶ夕方近くの時間になっているようだ。


「……なんだかすごく疲れた気がする」

『それは…あれだけ怒鳴りあえば疲れるだろう』

「……だよねぇ…;」


カーレッジの返答に、改めてクリスケはため息をついた。
アリウスにいた頃からノコとはよく言い争いをしていたが、ここまで発展したのは久しぶりだ。
…どおりで疲れるはずである。
思い返して、またため息をつきそうになったが—それを、先にカーレッジの小さなため息が阻んだ。


「……?どうしたの?」


首を傾げると、僅かな沈黙の後、カーレッジの声が返ってきた。


『……いや、今更なんだが…。
 ああいう場合、私はただ黙って見守ることしかできないから』

「……あ」


何も出来ない、という無力感ほど悔しいものは無い。
それは、オーシャル・アリウスが滅ぼされて、嫌というほど思い知ったことだ。
……しかし、ソレをきっと誰よりも一番強く感じているのは——


「ご、ごめんっ、…オイラ、そういう事いつも忘れて……!」


わたわたと慌てだすクリスケに、カーレッジは苦笑した。
魂だけの身体に出来る事は、本当に限られている。
実体化が出来るのはごく僅かな間だけ、自らの声を聞く事が出来るのもクリスケと選ばれた勇者達だけ——、
それ以外の他人に干渉する事は、全く出来ないと言っても過言ではないのだ。無力感を感じる事も、決して少なくは無い。

……だとしても。

——もし実体化していたならば、カーレッジは瞳に強い光を灯して笑っていただろう。
、 、 、 、 、 、 、 、 、
これだけでも充分だと。


そんな事をカーレッジが考えているとは露知らず、なんとか沈黙を破ろうと口を開きかけたその時、部屋の扉が開いた。
そこから、ふんわりと良い匂いのするカップを抱えたクリースが顔を出す。


「お疲れさま、クリスケ。
 不思議の森名物の、薬草のお茶を淹れてきたのだけど、飲むかい?」

「あ、うんっ……ちょっと待って。………や…、……薬草…?;」

「ああ、しゃれた言い方をすればハーブティー…かな。
  大丈夫、薬草とは言っても薬のように苦くはないよ。どちらかと言えば甘いお茶だから」

「あ、それだったら」


脳裏に先ほどのノコの絶叫がかすめて一瞬聞き返してしまったが、クリースの言葉に安心してこくりと頷く。
カップを渡しながら、クリースがすとんと隣に座った。
そうして、自分のカップからお茶を一口飲みながら——、視線だけで、クリースはクリスケを見やった。


「……ところで」

「なに?」

「……さっきの質問をもう一度しても良いかな?」



…ぶっ!!



ちょうど、カップに口をつけた所だったクリスケが、音を立てて噴き出した。
…成り行きとは言っても、避けられたと思っていた質問をもう一度ぶつけてくるなんて反則だ——
そう心の中で絶叫するも、残念ながら聞いてくれる人は一人もいない。
ゲホゲホとむせかえるクリスケに、さすがにここまでのリアクションが返ってくるとは想像していなかったのか、クリースも慌てたように立ち上がった。


「だ、大丈夫かい?…その、驚かせるつもりはなかったんだけど……」

「〜〜〜…っ…」


相変わらず咳き込みながら、クリスケは顔を上げた。
むせているので声が出せず——しかも、半分涙目で——だが、
もう諦めたのか開き直ったのか、かくかくと頷いて先を話してくれるように促す。
少しの間クリースはどうしたものか迷っていた様だったが、やがて、元の場所に座りなおして口を開いた。


「……じゃあ、その、続けるけれど…。…クリスケ、やっぱり先に水を持ってこようか?」

「う、ううん…げほっ、へいっ、き…ごめ……。
 うん、もう落ち着い…てきたから!;」

「………、分かった。
 …さっきの、突然現れて私たちを助けてくれたキノピオ…。
 正体を聞く前に状況が変わってしまったから、あれから、私なりに一人で考えていたのだけれど」


ややためらいがちに、クリースが切り出した。
さあ、もう逃げる事は不可能だ。
一体どうやって伝えたらいいものか、必死でクリスケは考えを巡らせる。
…だから、クリースの最初の一言を聞き逃していた。


「……かい?」

『………っ!?』

「……へ?
 …あ、ごめんクリースっ、ちょっと考え事してて…!
 ごめん……もう一回言ってもらっても…良い?;」


慌てて我に返りながら、ふとクリスケは違和感を感じた。
…カーレッジが、絶句している。
一体自分は何を聞き逃したのだろう?

その事を考える間も無く、クリースは頷いて先ほどの言葉を繰り返した。


「もしかして、彼は……君の中に宿っている、もう一つの魂じゃないかい?」


クリスケが、途中まで持ち上げていたカップの動きが止まった。
目を見開いたまま、唖然としてクリースを見つめる。


「………どうして!?」


無意識のうちに、主語の無い言葉がこぼれた。
知っているはずの無い事実。
それなのに、クリースはその事実をまるで知っているかのように言い当てた。
目を反らさないクリスケに、少し困ったようにクリースが笑う。


「……私も、ずっと忘れていたんだけれど…。
 昔、まだ小さかったころ、死んだ人の魂が還ってきて人に宿ることがあると誰かに聞いた事があったんだ。
 時には生きていた時の姿になって、宿主を守る…という事も。
 聞いたときは半信半疑だったのだけど、本当だったみたいだね」


彼の動きは明らかに人の範囲を超えていたし、とクリースは続ける。
少しずつパニックの治ってきたクリスケが、それでもまだどこか少しうろたえながら首を傾げた。


「……クリースが知らない事ってもしかして無いんじゃない?
 オイラ、どうやって説明しようかあんなに悩んでたのに、知ってたなんて…」

「まさか。私だってそれ以来、その事を本で読んだことは無かったし…本当にこれは偶然だよ。
 …ただ、あのキノピオは……あの姿は、…国王様に酷似していた。
 国王様が、オーシャル・アリウスが滅ぼされた時に亡くなられた事は私も知っている。
 どうして彼が、いや…。君が、この国の王様の魂と一緒に旅をしているんだい?それだけでも、教えてくれないかな」

「…………。……うん」


しばらく視線を泳がせた後、クリスケは頷いた。
そして、ここまでの物語を語り始める。
影の女王が襲来したあの日、そして、国王の魂——カーレッジと出会ったあの日のこと。
そして———。


「……勇者探し?」

「うん。カーレッジに色々教えてもらって、それで旅に出る事になったんだ。
 もう、一人目は見つかったんだよ」

『…クリスケ、ちょっといいか』

「実は、この森に来たのも勇者を探してたからなん……。え?何?」


突然、話の途中でカーレッジが声を挟んだ。
普段とは違った、少し硬いカーレッジの声にクリスケが首をかしげる。
かくん、と傾いた視界の中で——カーレッジは、クリースを見つめた。


『……クリース』


そして、その名前を呼びかける。
カーレッジの声は、勇者以外には聞こえない。すなわち——クリースが反応を返すことは無い。
それを知っている上での行動にクリスケが驚くのと同時に、
クリースが、“顔を上げた”。


『私の声が、“聞こえている”んだろう?』


——— …その意味は。

予想もしなかった言葉に、クリスケが絶句する。
一方、その意味を知らないクリースは、やや不思議そうに—— 頷いた。


「…普通に、聞こえていますが…。
 最初はクリスケの独り言かと思っていましたが、それは貴方の声でしょう?」

「…………。……え?え?聞こえる、て…。カーレッジの声が?」


再び、首肯。
もはや声も出ないらしいクリスケの様子に、クリースは訝しそうに首をかしげた。
そして、カーレッジに尋ねる。


「…何か私は変なことでも言いましたか?」

『………。
 …とりあえず、敬語は使わないでくれると嬉しいのだが…。
 理由は、おそらくお前と同じだ』


短い抗議に、虚を突かれたように瞬きをする。
が、すぐに合点が行ったのか、クリースは表情を和らげて頷いた。
それを確認して、カーレッジは口を開く。


『先の質問に答えるが……言った、というよりも…言っている、だな。
 私と会話している時点で』

「………?」


事態が飲み込めないらしいクリースに、小さなため息をついて。
そして、カーレッジは言った。



『私の声が聞こえるのは、
 クリスケの言っていた「勇者」だけなのだから』



カーレッジの言葉の途中で、クリースの表情が驚愕に変わった。
今まで、人の話だと思って聞いていたはずの物語に——自分が関わっている?


「……、……何だって?」


戸惑ったような声が、小さくなって消えていく。
しばらくの間、何を言われているのか分からないと言うように、クリースは目を泳がせていたが——。
ふと、その視線が止まった。
一度何かを思うように目を閉じて、しばらくの沈黙の後、再び開く。
その目に宿る光は、先ほどまでと明らかに違っていた。不思議に思ったカーレッジが声を掛けるよりも早く、


「何か、私に出来ることがあるのなら」


聞き覚えのある言葉に、
クリスケが我に返ってクリースを見つめた。


「力にならせて欲しい———」


言葉を紡ぎながら、笑って顔を部屋の扉へと向ける。
そのとたん、小さな悲鳴だの誰かが転ぶ音だの——慌しい音が響いた後、突然、細く開いていた扉が大きく開いた。



どさどさどさっ!



「きゃああぁあっ!?」

「踏んでる、踏んでるのーーっ!痛いのーっ!!」

「ちょっと、誰だよ、押すなって言っただろーっ!
 …っておい、お前、オレの触覚踏んづけるなぁあ!」

「うるさいよ、ぼくだって動けないんだからがまんしてったら!」

「痛いよぉお……ねぇ、あたしのこと誰か起こしてええ……」

「だからこんなのイヤだって言ったんだプニーーっ!」


…おそらく、全員で扉にくっ付いていたのだろう。

かなり痛そうな音と共に、たくさんのプニ族が開いた扉から転げ込んできた。
唖然として彼らを見ていたクリスケは、…その中に、見覚えのある触角(と声)を見つけた。
あの色は——


「…プニフ!?それにプニトとプニナも……、
 あ、………もしかしてオイラ達の話聞い」

「あーーっ!ほら、プニフたちが押すから見つかっちゃったじゃないかプニぃいーーー!!」


クリスケの言葉を完全に遮って、プニトが叫んだ。
それに続くように、何匹かのプニ族の下から、プニフやプニナも悲鳴をあげる。


「う、うわーっ、クリース兄ごめんなさいー!!」

「私たち、その、き、気になって…ごっ、ごめんねクリース!
 おねがい、だからだから許してぇえ!!」

「あ、あのっ、ぼくたちがここに来たの、クリスケがお茶をぶーってした時からだったからっ!
 さ…さいしょからいたんじゃないんだよっ!
 た、たまたま、プニナが声が聞こえるーって言ったから…!」

「ちょっ、ちょっと、私じゃなくて声がするって言ったのプニフでしょーっ!?」

「…ど、どっちでもいいよっ!クリース兄…っ、ご…ごめんなさい!」

「「だから、おせっきょうはしないでぇえええええーーーーっ!!!」」


要するにほとんど全部話を聞かれていた訳だが。

その言葉に含まれている恐怖感に気づき、なんとも言えない顔をして、クリスケはクリースを見やった。
物凄い勢いでプニ族たちに謝られているクリースは、
何か小さな物音がすると思ったら、と呟きながら苦笑している。
しばらくして、プニ族たちの大合唱が大人しくなってくると、クリースは立ち上がった。


「……ごめんなさいー…」


すっかり小さくなってしまったプニ族たちに近づき、しゃがんで視線を合わせる。
とたんに、プニ族たちが、もう覚悟を決めたかのように一斉に目を閉じた。
あまりにも揃っているその動きに、普段一体何が繰り広げられているのだろうか、とクリスケは内心冷や汗を流した。

……なんだか微かに聞こえたカーレッジのため息が全部を物語ってる気がする、
そういえばさっきカーレッジ、クリースの事知ってるみたいな事言ってたっけ、え、じゃあため息ついてるって事は何かまた凄い事になるのかな、
まさか、もしかしてクリースって怒らせたら一番こわ——


「…皆、そこまで身構えなくてもいいだろう?
 人の話を勝手に聞く事はいけない事だけれど、今日は、怒ったりしないから。
 ……全く、本当に何回言ってもこりないなあ」


動揺のあまり淡々と暴走していた思考が、クリースの言葉に遮られてようやく止まった。
…いつものお説教が来ない——と、不思議そうにプニ族たちが顔を上げる。
呆れたような、しかしどこか優しげな目で、クリースは苦笑した。


「私と、君たちは友人だろう?」

「……え?……うん」


軽く首を傾げながら問いかける。
きょとん、と目をしばたきながらも、プニ族たちは頷いた。
それを確認すると、クリースは安心したように笑い、クリスケを振り返った。
やや不安げに、クリスケがその瞳を見つめる。

この森を守ることが出来るのは、本当の本当にクリースだけだ。
プニ族たちだけでは、満足に逃げることも隠れることも出来ないだろう。
……キノールの時とは、事情が違う。


「クリー…」


口を開きかけたクリスケを静かに目で制し、クリースは表情を引き締める。


「……クリスケ。
 私は、運動能力はほとんど無い上に、攻撃手段は自ら作る武器だけと来ている。
 勇者だ、と言われても——正直まだ、信じられない気持ちがあるんだ。
 ……でも、あの日から…私はずっと、カゲの女王からこの森と仲間たちを守る方法は無いかと探していた。
 君の力になることも、そしてこの森を——皆を守ることもできるなら」


『守りたい』——


ふっ、とその顔に笑みを浮かべて。
そして、


「私を、“勇者”として共に戦わせてくれないかい?」


クリースの言葉に、クリスケの表情が変わった。
不安そうだった顔が、驚きに、そして——笑顔に変わっていく。


「……もちろん!」



二人目の、世界を守りし者よ—— ……







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「クリスケ、もう行っちゃうのー?」

「うん。まだあと二人、探さなきゃいけない人がいるから。
 …あっ、クリース、全員見つかったら、すぐに連絡するね!」


クリースにこの後のこと——勇者が全員見つかるまでは森を守っていて欲しいことを伝え、
そして、近いうちに来るだろうその日のために、色々とクリースの手伝いをしたり、
回復したノコにこれまでの事(アリウスを飛び出したのは勇者を探すため、という事だけだが)を白状して散々喚かれたり、
状況が飲み込めていないプニ族たちに色々と説明をしたり……、
とてつもなく忙しい夜が明けた次の朝。
自分を見上げていたプニフからクリースへと視線を移して、クリスケは座っていた椅子からすとん、と飛び降りた。
合わせるように、プニフもクリースへと視線を向ける。


「お願いするよ。
 私の方も、その時までに作らなければいけない物を作っておかないとなあ」


紙にペンを走らせていたクリースが、顔を上げて笑う。
机の上や、クリースの頭の上からプニ族たちが覗き込んでいるソレは…クリスケが見てもよく分からなかったが、
何か大きな木のような物が描かれていた。
魔物の危険が無い内に、全員で、本格的に巨大な木に移る——らしい。


「——そうだ、カーレッジ」

『何だ?』

「私は本当に少ししか知らなくて申し訳ないのだけれど——さっきの、あの実体化……。
 あれは、限られた時間しか使うことが出来ないもの…だろう?」

『…ああ、魂そのものの力を使うし、使える時間は本当に数分だけだな。
 長く実体化し続けてしまうと、魂の力が底をついて……消滅してしまうから』

「…やっぱり、そうか……」


カーレッジの答えに、ため息をついて頷く。
…一方、思い切り話に置いて行かれたクリスケが、訝しそうに首を傾げた。
確か、以前にも…あの、操られていたノコに襲われて危なくなったとき、この言葉を聞いた。

“——…消滅しないことを、祈っていてくれ”

あの時の、カーレッジの言葉。
その直後にクリースが助けに現れてくれたので、疑問は口にするタイミングを失って消えていた。
……が。
なんとなく嫌な予感がして——クリスケは、おずおずと口を開いた。


「………、カーレッジ、ちょっと待って。
 さっきもこの前も聞き損ねてたけど…、その…消滅、って、……何?」

『……言っていなかったか?』


頷いてみせると、困ったような気配が伝わってきた。
少しの間が空いて…やがて、慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりとカーレッジの声が響き始める。


『…実体化は、魂の力を使うものだ。
 長時間続ければ、その力は回復する間も無く減っていく。
 そして、臨界点を越えてしまったら——力が無くなったら、魂が消滅する。
 死ぬのとは違って、魂そのものが消えてしまうんだ』

「……え」


嫌な予感が、現実に変わる。
告げられた言葉に、クリスケは目を見開いた。
つまり、今までカーレッジは実体化する度に、死んでしまう——消滅してしまう危険と隣り合わせにいたという事なのだろうか?
何度も何度も、いつも…

自分が危険な目に遭う度に。


「えっ、な……、何だよ、それ!?
 何で、そういう大事な事をもっと早く言ってくれな…っ!」


無意識のうちに、声が荒くなる。
尚も言葉を続けようとした時——突然、ばしっという音と共に、頭に軽い衝撃が走った。
反射的に顔を上げると、そこにいたのは。


「……分かったから、そんなに大声を出すな。
 プニフ達が、驚いて部屋の外に飛び出してしまっていたぞ」


手の甲をクリスケの頭に置いたまま、実体化したカーレッジは開きっぱなしの扉を見やってため息をついた。
そして、気が抜けた顔で自分を見上げているクリスケに視線を戻し、
ぽん、ともう一度その頭を叩く。


「言い損ねていたのはすまなかった。……だが、私は、消滅したりなんてしない。
 もしも危なくなったとしても、すぐに実体化を解けば消滅する事は無いんだ。
 いちいち心配するだけ損だと思うぞ」

「—— ……」


そう言って、カーレッジは苦笑をにじませる。
心配するだけ損だ——その言葉に安心するのと同時に、
何となくはぐらかされているような印象を覚えて、クリスケは複雑な表情で俯いた。
多分今は、これ以上何か言っても教えてくれないだろう。


「……なら良いけど、今度からはちゃんと最初から全部説明して。
 もう、オイラに宿った時も実体化の時も、はっきり言って、心臓に悪かったんだから…」

「…、だから、すまなかったと…;
 ……そうだ、クリース、他に何か、魂の力や実体化の事で知っている事は無いか?」

「…魂の力か……」


さすがに後ろめたくなってきたのか、カーレッジは視線をクリースへ向けた。
クリースは、しばらくぶつぶつと何かを呟いていたが、やがて申し訳無さそうに首を振る。


「私が知っているのは、今の所これだけしか無い。
 …でも、この辺りの地下には小さな遺跡もあって、古い言い伝えも息づいている。
 他に、何か役に立ちそうな知識が無いか探してみるよ」

「すまないが、そうしてもらえると私も助かる。
 …私自身、魂や実体化についての知識が深いと言う訳ではないからな」


言い終わると同時に、カーレッジは突然そこからかき消えた。
どうしたのかと思って顔を上げると、ほぼ同時に、廊下から騒々しい足音と声が飛び込んできた。


「クーリスケーっ、こっちは準備できたぞーっ!もう出発するんだろー!?」


どうやら、考え込む時間は自分には無いらしい。
ノコの声に、クリスケは未だに晴れてくれない不安を追いやるように頭を振った。
不安になっている暇があったら。
一つ息をついて、気持ちを切り替える。はぐらかされないくらい、強くなるほうが先だ。


「…隣の部屋から叫ばなくても良いと思うんだけどなあ」

「聞こえたんなら返事しろおぉおーっ!」

「分かったよ、今行くってばっ!;」


呆れ顔で呟いた独り言は、幸か不幸か、ノコには届かなかったらしい。
隣の部屋に叫び返すと、クリスケは扉へと足を向けた。
くぐる前に、クリースを振り返る。クリースは頷いて、


「良い知らせを、待っているよ」

「……うん。大丈夫、きっとすぐ見つかるよ。
 キノールの時もクリースの時も、何かが引き寄せてくれたみたいに見つけられたし」


にこ、と笑顔を浮べてクリスケもまた頷き——何かを思い出したように、「あ」と呟いた。
笑顔が苦笑に変わり、プニフたちが走っていってしまったであろう方へと顔を向ける。
視界の先の廊下に、プニフたちの姿は見えない。
相当驚かせちゃったかなあ、と後ろめたそうに呟いて、クリスケはクリースへと視線を戻した。


「あー…、あと、プニフたちに、驚かせてごめん、ってオイラが言ってたって伝えてもらっても良い?
 それから、今度会った時はちゃんとゆっくり遊ぼうねって。
 …それじゃあ、行って来るね!」


ぱたぱたと、足音が遠のいていく。笑いながら、クリースはそれを聞いていたが——。
それが聞こえなくなった頃、ふっと表情を引き締めた。
何かを取り出して、それを見つめて呟く。


「——…引き合うように…か」


透明な、星の形のトップがついたペンダントが、光を受けてきらめいた。








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不思議の森を出て、もう2時間は経っただろうか。

視界の向こうに、二本の分かれ道が伸びている。
それを確認して、ノコは内心でため息をつき…ふっ、と自分の横を歩くクリスケに目を向ける。
ほぼ同じタイミングで、クリスケもノコを見やった。…やや冷や汗を浮べているのは気のせいだろうか。
——ノコの目が、もう有無は言わせねぇと言わんばかりに光った。
先ほどから何回も繰り返している質問を、今度こそとクリスケへ叩きつける!


「クリスケ、もう何回目かも覚えてないけど聞くぞ!
 お前が、勇者を探す為に旅をしてるってのは分かった。…けど、その他には何にも教えてもらってねぇんだけど。
 このままアリウスへ帰って、皆に報告しろって言うのか?
 ……もう別れ道見えてるって知ってんだろ?」

「…あー……うん、だから…さっきからもう何っ回も言ってるけど、
 それだけ知ってれば、大丈夫」

「………」

『………』


不思議の森を出たときから数えて、
既に何回か繰り返されたやりとりに、カーレッジとノコが同時にため息をつく。
む、と眉間にしわを寄せて、クリスケはじとーっとノコを見やった。


「……だからー…。ノコは、アリウスに戻るんでしょ?
 もしも、オイラが余計なこと教えて、そのせいでまた女王に捕まったりしたら嫌なんだってば。
 あと、ノコは何か知ったらまた影で無理やりこっそり手伝おうとするから…」

「〜〜〜…っ、クリスケ、俺途中まではちょっと感動してたってのに、
 最後の一言でそれが一気に崩れたぞ!?」

「つまり図星?」


邪気も無くズバッと切り返されたツッコミに、ノコが撃沈する。
何とか言い返そうとするものの、図星なので不可能だ。
呻きながら、ノコは半分呆れたようにため息をついた。分かれ道まで、もう残り十数歩だ。


「……何だってまた、お前はそんな危険な役を買ってるんだ?
 勇者探し…て、俺たちやアリウスを影の女王から守るためにやってるんだろ?
 それなら、もっと別の強い奴に頼んだらよかったじゃねぇか。
 何でお前なのか、それだけでも俺たちは知ったらいけないのか?」

「………、…」


今度は、クリスケが黙り込む番だった。
あの日、自分が旅立つことを決めたのは、カーレッジと出会ったからだ。
しかし、それを話しても…クリースとは違って、ノコは納得しないだろう。
実際に、実体化したカーレッジを見た訳でも無いし、
自分だって前世の記憶が云々とか別の世界がどうたらとかを、何も知らない相手に説明できる自信は全く無い。
第一、それを知ったことが原因で、女王に目をつけられる可能性が無いとも言い切れないのだから。
困り果てて、クリスケもまたため息をつく。


「…ごめん、それも言えない。
 でも——、絶対に、影の女王のせいで、また何処かが…世界が、滅ぼされるのなんて嫌だから。
 影の女王を止められるなら、少しくらい危なくても気にしないよ。
 チビたち、あの時…泣いてたでしょ?オイラ…何も出来なかったから。
 だから、オイラに出来ることなら——出来ること、だから…。
 これじゃ、理由に…ならない…かなぁ……」


言っているうちにこんがらがってきてしまったのか、最後の語尾は疑問系だった。
じっと見上げてくるクリスケに、ノコは諦めたように息をつく。
一つため息をついて、苦笑と共に分かったよ、と呟いた。


「…いーか?とにかく、俺の言えたことじゃないけど、絶対に馬鹿な無茶するなよ。
 アリウスにいる皆は、一応俺が守っとくからさ」

「…うん。皆に、オイラはちゃんと元気でいるって伝えてね。
 絶対に、影の女王から助けるからって」

「りょーかい……っと。
 それじゃ、ここら辺で俺は行くな」


アリウスへの別れ道が、気がついたらもう足元に来ていた。
頷いて、クリスケもアリウスへ向かう道とは別の道へ足を向ける。


「無理しない程度に、頑張れよ!」


そう言って手を振ると、ノコはコウラに入ってあっという間に道を駆け下りていった。
じゃあねーっ、と遠ざかる緑色に叫ぶと、風に乗って何かが聞こえた。
遠ざかるのが早すぎて、良く聞こえなかったが——その意味は、なんとなく分かっていたから。


「さて、と…それじゃあ、オイラたちも行こうか?」

『ああ。
 あと二人…か。一体どこにいるんだろうな…』

「大丈夫、きっとすぐに見つかるよ。
 行こう、カーレッジ!」


不安は、その辺りに落としていこう。
いつも付きまとうけれど、それに気を取られていたら、前に進めないから。



どこへ行くのかは分からないけれど。

同じ空の下にいるのなら、きっと巡り会える気がした。







———————————————————————————————————







地上で、クリスケがノコと別れたのと同じ頃。
地上ではない何処かで——不思議な水鏡を覗き込んでいる人影があった。
その水鏡に映っている景色は、その人影に隠されていて見ることが出来ない。
ただ、その鏡から発せられている淡い光に浮かび上がっている表情は、安堵したように微笑んでいる。


「……良かった。
 二人目の勇者も、ちゃんと会うことができたみたいね」

「…姉さん!?もう起きてても大丈夫なの?」


…と、突然後ろから聞こえた声に、鏡を覗き込んでいた人影が驚いたように振り返った。
姉さん、と呼ばれた人影が頷いて笑ってみせる。
しかし、顔色があまり良くないように見えるのは、鏡の光のせいだけでは無いだろう。
その事に気づき、鏡を覗き込んでいた人影が何かを言おうとしたが…先に紡がれた言葉に、それを遮られる。


「まだ少しふらふらするけれど、本当に大丈夫よ。
 でも…私はともかく…運命が決まるまでもう時間が残されていないわ。
 ……どうか——」




何も出来なかった私たちの代わりに———


世界を、助けて。




水鏡のような物に、そっと手を触れる。
そして、その人影は祈るように目を伏せた。


「きっと、その日は遠くない——」


ガラス張りの天井…いや、その向こうにある月を見上げて。
もう一人の人影が、呟いた。










next…