滅びた星のたった一人の生き残り
行く宛てもなく
そのまま箱舟に留まったサボンの少女は
新しく得た名前に似合わず
暗い暗い瞳をしていた

記憶を無くしてしまったせいか
彼女は眠るのが怖いと泣いた
何の夢も見られずに
暗闇に呑み込まれていくのが
堪らなく恐ろしいと


「……アスター、今日も眠れないのだ?」

「……」

「…じゃあ、おはなしをしてあげるのだ」

「…おはなし?」

「学者ってやつは意外とロマンチストなのだぞ?
それに、ワガハイ、母さんが物語を書いては聞かせてくれたから、
物語のレパートリーにはちょっと自信があるのだ」



果てしなく広い箱舟の
小さな小さな一角の
暖房と空気清浄機の効いたラウンジで
機械が注いでくれたココアを飲みながら
手を引いて
窓の外へ
宇宙と同じほども広がる
もうひとつの僕らの世界


囚われの妖精お姫様
草原の海原に 口をきく森の木々
山を見下ろす巨人に 親指に立つ男の子

竜退治の騎士物語
竜にキスする少年少女
宇宙を駆ける船の話
花筏が導く桃源郷
物悲しいサーカスの夢
風の名前を呼ぶ少年の髪色

そしてもちろん
窓の外に輝く星々の
窓の外に広がる宇宙の
誕生から死へと流れる
壮大で広大な伝承歌…



…それは遠い世界の物語
星と星とが互いに言葉を交わし
歌を歌っている世界
中心核の熱融合は鼓動の輪廻
地表の流動は血液の奔流
海の漣 風のざわめき
嵐の唸り 砂漠の砂粒が弾ける音
生き物達の音 鼓動 声
その全てが
星の言葉
歌の女神に愛されたうたうたいは
その声を鼓膜に写し取り…



「……アスター、眠ったのだ?」

「…良かった」

「まだまだまだまだ道のりは遠いのだ」

「眠れない夜の多さより、
メテオスに着くまでに、ワガハイが
物語を話し終えられない心配をした方が良いのだぞ?」

「おやすみ……」





怯える子供の柔い瞼を
そっと手の平で包むように
暗闇の虚無に 瞼の裏に
暖かな鼓動が
聞こえるように

幼い頃の思い出を
震える指先で
なぞりながら

おやすみ おやすみ
物語を夢に見て
柔らかな闇に包まれて
どうか今は
怯えずに……