メタモアーククルー達には、それぞれ小さな一人部屋が割り当てられている。オレアナ星人の為に水に満たされた部屋で、パアニは膝を抱えて窓の外をぼんやり眺めていた。
遠くに霞むようにして、オレアナの蒼い光が浮かんでいる。

「…かい」

ぽつり、と呟く。ぷくぷくと泡が舞う。
生物学班はしばらく暇だから、ということで勢い勇んでやってきたパアニは研究室から追い返されてしまったのだった。
まだまだ助手研究員でしかないパアニは、こういう時何か強く言える権限もない。

(せめて忙しくしてられたらよかったんだけどなぁ)

溜息をつく。
本当は、談話室やメインモニターの在る大コックピットにでも行こうかと思ったのだが、どこもお祭り騒ぎのように大騒ぎで、なんとなく足が遠のいてしまったのだった。
結果として部屋に落ち着き、もうかれこれ一時間。
ちっとも頭に入らない宇宙生物学の本をぱらぱらと弄びながら、パアニは故郷の海を思った。
本当は不安だってもちろんあったのだが、カイを心配させたくなくて、これでもかというくらい明るく振舞って旅立ってきてしまった。
やっぱり、ちょっとくらい、甘えておいた方が良かったんだろうか。

この先の旅にきっと待っているであろう、たくさんの生物学の発見のことを考える。
出会ったこともない宇宙の命に出会えるかもしれない。
それだけで、大学生だったパアニはクルー募集に全力で立候補した。
猛勉強に励み、オレアナ最難関とさえ言われた筆記試験にも合格した。
本当に、会ったこともないような宇宙の仲間に、会いたい、それだけの一心で。

昔、宇宙文明探索プロジェクトに携わっていたという祖父の語る物語。
子守唄代わりにそれを聞いて育ったパアニにとって、この暗闇の彼方にいる見知らぬ仲間に出会うというのは、子供の頃からの夢だった。


「…おじいちゃん、」

呪文のように呟く。
不安と緊張に押し潰されそうになる心を、必死で持ち上げる。
自分で選んだ道だ。
ちょっとくらいの不安が何だっていうんだ。
がんばれ、がんばれ、
がんばれ


コツン。




指先に触れたのは、カイがお守りにくれた星の砂の小瓶だった。
拾い上げて、ぎゅうと抱きしめる。
会いたい、と思ってしまったのがまずかった。
大好きな人の、ちょっと頼りない笑顔や、綺麗なものを見つけるのがとてつもなく上手い瞳や、優しいタッチで描かれる空の絵、下手くそな歌、鈍感極まりないくせに無意識に全部分かっているところ、全力で擦れ違い喧嘩したこと、他愛もない会話、月明かりの下で生物学の授業をしたこと、一緒にさざ波の音を聞きながら手を繋いで眠ったこと、そんなことを一気に思い出して、

……もう駄目だ。





旅立つまで強く強く振舞っていたオレアナの少女が一人、旅立ちの瞬間、独りになった瞬間に、部屋の隅に蹲って、それまで抑え込んでいた不安を涙に変えて泣いていた。
生きて帰れるかも分からない、けれど。
これで泣くのは最初で最後だと必死で自分に言い訳しながら、泣いていた。




この涙が止まったら、絶対に、誰かお喋りの出来る友達をつくりにいこう。
もうこんな風に、泣いたりなんてしない。