貴方とあの時出会わなければ

きっと私はいまここにいなかっただろうに

運命だったのかもしれない

出会わなければ良かったのかもしれない

こんな哀しい思いをするくらいなら

でも

とても幸せだった———


そう 私は 貴方と出会えて …本当に幸せな人よ…








—— 断ち切られた赤い糸 ——








「テラ」


私を呼ぶ、綺麗な低い声に振り返る。
ちょっと離れた岩の上で微笑む、私の世界で一番大好きな人。
いつものギターを抱えて、あの人は笑った。


「おはよう。今日は早いんだね」

「…そうかしら?私はいつもどおりに起きたつもりだったんだけど」

「いつもより15分くらい早いかな?」



ちょっと首を傾げて考えるようにしながら、あの人はすぱんと確実な答えを言い当てた。
答え合わせの術はなくても、合っていることは確実。
彼は、視力も、聴力も、体内時計や感覚神経も…とにかく全てにおいて、超人的な力を持っていたから。
なぜなら彼は——

私は苦笑して、腰に指してある銃の手入れを始めた。
布で汚れを取りながら、視線をあの人の方へと向ける。



「さすがね、タータ。敵わないわ。
 ちょっとだけ嫉妬しちゃう。そんなに感覚が良かったら、凄腕のガンマンになれるでしょうに」

「テラ、僕たちはこういう力は発達してても、撃ち合いとか乗馬とか、そういう体力のいる事はできないんだよ。
 神は二物を与えない……昔の人も、上手い言葉を作ったものだね」



ピン、とあの人が…タータがギターの弦を弾く。
その瞳にふっと影が差すのを、私の視力は見逃しやしなかった。
私は、ちょっと迷ったあと、そっとタータの隣に腰を下ろした。そのままそっと、タータのもっと近くへ移動する。



「…タータ、貴方は——私がいつも言っ」

「——…ごめん、テラ。僕も、テラに負けないくらい強くなるから。
 体力なら勝てるわけないけど、心で」



タータが苦笑する。
その微笑から、かげりは消えない。私にそんな力はないと知っているから、よけい悲しくなってしまう。
黙ったまま、そっとタータに寄り添うことしかできない。



「…タータ」

「うん」

「……愛してるわ」



ぎゅっ、とタータの長い袖を握る。
タータはぴくんと背中を揺らしたけれど、それきり黙ってしまって——…。
私はまた何か失敗したかと思って、恐る恐るタータの顔を覗き込んで、
…笑ってしまった。

なぜなら、タータは俯いたまま顔を真っ赤にしていたから。



「………。まだ言われるの慣れない?」

「……テラ、まだ、って…。
 その言葉を聞いたのは、僕は生まれてから今のでやっと二度目だ。…両方とも君からだけど。
 知っている?その言葉は、“僕たち”の間ではプロポーズにも等しい言葉なんだよ」

「……え」

「……僕にはまだ恥ずかしくて言えないな。だってさ、テラ…。プロポーズ、だよ?
 多分、一文字目の『あ』で失神する」



その光景があまりにも容易に想像できた。
この人は、あまりにも優しくて、あまりにも恥ずかしがりやで、あまりにも一生懸命だから。
そんなところが、大好きだった。




「いいわ。貴方が言えるまで、ちゃんと待ってるから」




笑って、荒野の空を仰ぐ。幸せだった。きっと、今までの中で一番——。
タータが、愛用のギターを手にとって、曲を奏で始める。
朝の荒野を吹く風に、音色が運ばれていく。

ずっと、こんな風に一緒にいられると思っていたのに。



ピン…



タータが、ギターを弾く手を止めて、突然後ろを振り返った。
途中で掻き消える曲のリズム。
彼は、耳の後ろに手をあてて、…とたんにその表情を曇らせた。
それだけで、私にもタータが何を聞いたか分かった。

…どうして…。




「…テラ。もう…彼らの足音が聞こえる」




ああ、神様。
どうして私たちは、どうして私たちは、どうして——


とても言いにくそうにタータは告げた。
死神の足音。きっとこんな表現が一番合う。
私は、俯いたまま動けなかった。どうして、って問いでいっぱいだったから。



「……」

「……ごめん」

「謝らないで」



私は鋭く返して…、気を取り直して、閉まったばかりのホルスターから銃を取り出した。
それを右手に握り、左手にはタータの手を握って、彼の目を見つめて——



「貴方がいれば、それでいいから」





そして私たちはまた走り出す。
果ても知れない、逃走の旅。



禁忌の恋でも、かまわない。
たとえ貴方が、地下族だろうと。






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“異端の者だ”

“世界にいてはいけない奴だ…”


私が貴方の真実を知ったのは

私が貴方に恋をした後だった

当然私はそれくらいで
貴方を見捨てることなんてできなくて

私はただ貴方の手を握って

戦場から戦場へと

必死で逃亡を続けた

貴方と一緒なら 何も怖くなかったのに


それなのに







「——いたぞ!地下族の生き残りだ!!」



とうとう、後ろから響いた声。——声で相手の位置は分かる。
私は腕を後ろに向けた。
目と耳の良すぎるタータが、とっさに目をつむり——





ダァアンッ!





空気を貫く発砲音。一瞬遅れての、落馬の音。——落命の音。
ごめんね、タータ。心優しい貴方にとって、これがどんなに恐怖の音色に聞こえていることか。
私は構わない。…貴方のためなら。死神でもいい。
でも、貴方のために、犠牲者は最小限に抑えるから。





パァンッ





火薬を減らした2発目。
狙いは彼らの馬の足。関係の無い馬たちを巻き込むのは可哀想だけど…ごめんね。

後ろの足音が遅くなる。
それを確認するや、タータはふっと息を止めた。
私には、何が起こるか分かった。“彼ら”特有の、能力の開放。



「…テラ、しっかりつかまって!」



タータが、私の手をぎゅっと握った。そして、思い切り大地を蹴る。
一瞬の出来事で、私たちの後ろにいた人影は——あっというまに見えなくなる。
後ろに、凄いスピードで流れていく景色。

風。
例えるなら、荒野を吹ける疾風の風。
彼ら…タータの、地下族たちの…特別な、自然と通う力。

とはいえ、このあと力を使ったタータは気絶が確定しているのだけれど。




「……っ」

「タータ!」



がくん、と流れる景色が止まった。
私は慌ててタータを支えたけれど、一緒になって転んだ。
地下族の特殊能力を使ったタータは、綺麗に気絶している。…ここは、あそこから10kmほど離れているだろうか。

タータを、荒野の平らな所を選んで横たわらせて、私はその隣に座る。
今日は派手に飛ばしたから、きっと2時間くらいは気絶しているだろう。
でも、しばらくは大丈夫。きっと、一日くらいは…。


タータは、“地下族”。
私たち、地上族と遠い昔に争い、そして滅んだはずの一族。
でも、こうして本当にごく僅か、地下族たちは生きていて。

私は彼と出会った。そして、恋に落ちた。
——…そして、かつての仲間たちを捨てた。



彼らは、タータを消そうとした。
私は、だから、かつての仲間たちを捨てて、タータと一緒に…逃走の旅に出た。
幸い私にはほどほどな銃の腕があって、敵を蹴散らして逃げるのなんて容易かったのが救い。


でも



「……う…」

「タータ!?」



予想よりずっと早い目覚め。
私は内心驚きながら、慌ててタータに手を貸した。
目覚めたあとしばらくはフラフラするのも、力が鈍るのも、いつもどおりのことだ。



「大丈夫?」

「あ、テラ…。…あれからどれくらいたった?」



ぼんやりと、タータが私を見上げる。
…はっきり言って焦点が合ってない。きっと、私の顔もほとんど見えていないんだろう。
もうちょっと大きい声で話したが良いかもしれない。
今は視力も聴力も、とても鈍っているに違いないから。


「まだほとんど経っていないわ。どうしたの、今日は?」

「分からないけれど…」



ぼんやりと、タータが瞬きをする。少しずつ焦点が合ってきた。



「なんだか、嫌な予感がするんだ…」







きっとこのまま…逃げ切れると思っていた。


でも



でも





完璧な勝利者なんて存在しなかった







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私たちは追い込まれた

目の前には聳え立つ崖

振り返れば、たくさんの地上の仲間たち







私たちが逃げたのは…ちょうど、谷の袋小路へと続く道だったのだ。
気がついたときには遅すぎた。もう、戻れなかった。
途方にくれて、そして…
気がつけば、たくさんの地上族たちが私たち二人を…いいえ。
タータを、見ていた。


貴方達の仲間を大勢殺した、地上族の私よりも、
心優しい、地下族であるタータの方が在るべきではない存在だと言うの?





「タータ…下がって。私の後ろに、下がっていて」

「でも、テラ…!」

「駄目よ!こんな所で力を解放しても…崖を飛び越えることはできないわ!
 失敗して、そうしたら…本当に希望は断たれてしまう!
 ……絶対、貴方をあいつらには殺させない!!」





後悔や、躊躇をしている暇なんてなかった。
私は迷わずかつての仲間に銃を向ける。以前よりも、数が…、いつのまにか膨れ上がっている。
追跡の途中で、点在する村々から、地下族を憎む奴らを引き抜いてきたのだと、私は悟った。…なんて汚い。

それなら 私も  遠慮なんてしないから


私は——冷静に照準を合わせて、彼らが何か言うより早く。
思いっきり、引き金を引いた。







ズギューンッ!!










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絶対に 殺させないと 誓ったから

絶対に 生き残ると 信じていたから







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…多勢に無勢という言葉が大嫌いになった。
私とタータは、必死でそこから逃げた。
銃を乱射して、いったい何人殺したか分からない。それでも、逃げた。

タータは…私があんなに駄目だと言ったのに、地下族の力を開放した。
疾風の風となって、地上の仲間たちに正面から突っ込んで、走り抜けたのだ。
もちろん仲間たちは銃を使ったから、私もタータも、致命傷にはならずとも怪我だらけになった。

しかも…。

タータはまだ本調子ではなかったから、力がほとんど続かなかった。
だから、私たちはすぐに荒野に倒れて…地上族に追いつかれた。

不思議なのは、タータが力を使ったのに気を失わなかったこと。
…タータの身体は、この先の運命を知っていたのかもしれない。

……ああ。



私が殺される理由はよく分かる。…なぜなら、あんなにたくさん、人を手にかけてしまったのだから。
でも何故、タータも殺されなくてはいけないの——…?





「…テラ…。ごめんね…僕が、もっと強かったら…。…もしも地下族じゃなかったら…。
 こんな事にはならなかったのに!」



とても辛そうな声。
私は、仲間たちへと銃を構えたまま、首を振る。…泣きそうだった。



「お願い…お願い、謝らないで…。お願い…笑ってて…。
 謝ってる貴方じゃなくて、私は…笑ってる貴方が好きなんだから…っ!
 …謝ってる貴方を最後に見るなんて、…嫌よ」





かすかな音をたてて、地上族が割れて…円陣ではなく、私たちの前に並び直った。
…嫌味ね。私たちがここから逃げようとすれば、一斉に乱射して終幕させる…。
出口を見せびらかせておいて、でも決して渡してはくれない。



「……テラ」

「タータ…私、貴方と会えてよかった。後悔なんて一欠けらもないわ。
 …愛してる。永遠に。たとえ死んでしまっても」






私と貴方は もう助からない事を悟った

私は覚悟を決めた



貴方と共に 散ろうと




…なのに それなのに

貴方は言った













“僕を殺して 君は生き延びて”













「ター…タ…?何を言っているの?」



がくぜんとして、私はタータの瞳を見つめた。
その瞳に、決意の光が灯っている。…本気…だと言うの…?



「…彼らの狙いは僕だ。僕さえ死ねば、きっと君は生き残れる。
 僕にとって…君は、世界で一番大切なんだ。…僕のせいで、死んで欲しくなんてない」

「何を言っているの!?…そんな…そんな…私、だっ、て、…貴方、が…!!」



言葉が思うように出てこない。…信じられなくて、きっと身体が拒んでいるのだと思った。

聞ける願いのはずがない。
貴方は私の全てだったのに。






「…僕を、殺して」






後ろにはたくさんの地上族。
ただ、嘲笑して…私たちを、見ている。逃げられないと知っているから。
そう。私たちは…タータは…もう、生き延びられない。

残酷すぎる未来。初めから決まっていた…未来。
タータは、きっと…いつかこの時が来るだろうと、分かっていたの…?







「君は 生き残って…」







タータの瞳が、どこまでも優しい。私を想って言ってくれているって事が、こんなにもよく分かるのに。
私は…首を振り続けた。

それなのに こんなときに
地上族の人々は、遊びは終わりだとでも言わないばかりに…銃を、一斉に持ち上げた。
その音が、私たちを急き立てる。



貴方は 言った






「これが僕の…最後の願いだ。
 君以外の地上族に殺されるくらいなら、僕は自分で自分を殺す」






そう言ってタータは、自分の腰にさしていた…小さな拳銃を抜いた。
旅に出た頃、ほとんど飾りだよ、と指差して笑っていた小さな拳銃。

でも、それでも、人の命を消すには充分なモノ。


私に選択権は無かった。

愛する人の最後の願いを、叶えてあげるしかなかった。


どちらへ転んでも死ぬしかない愛する人の最後の願いを、どうやって見殺しにする事ができると言うの?
貴方は私の全てだった。
だから。私の心が張り裂けたって構わない。貴方が幸せになれるなら。




「タータ…」




…ごめんね、と彼が呟く。
きっと私は泣きそうな顔をしていたんだろう。…私こそ、ごめんね。貴方にその言葉を言わせてばかりで。

ああ、私には…選ぶことすら できないの。







貴方が自分のこめかみに拳銃を押し当てた瞬間——。

私は 銃を握った手を上げて、……引き金を 引いた。

世界で一番愛する、貴方に向けて。





パァンッ








貴方は死に 私は生き残る










全ての終わりを告げる音が響いた。

貴方は微笑んで、ゆっくりと倒れて…私はそれを黙って受け止めた。
身長の割に軽い身体。
少しずつ、死んでゆく身体。でもタータは…きっと最後の力を降りしぼって…顔を上げた。
私の瞳を真っ直ぐに見つめて、微笑んで……。








「……あいしてる」








『知っている?その言葉は、“僕たち”の間ではプロポーズにも等しい言葉なんだよ』



できるだけ痛い思いはさせたくなかったのに、地下族は身体のつくりが違ったのかしら。
ショックでぼんやりと変なことを考えてしまう自分が悲しい。
だから、私にはこれしかできなかった。



「私もよ、…タータ」



ぎゅっと抱きしめて。
ずうっと夢だったけれど出来なかったことを。





「愛してる」





瞳を閉じて、そっと貴方の唇にキスをする。
…ほんのりと、血の味がするのが悲しかった。

タータは、幸せそうな笑顔で…静かに瞳を閉じた。
…貴方の、最後の願い。
こんな形になってしまうなんて。





私の後ろで 息を呑む音が聞こえた。

私は——

ここに逃げてくるまでに浴びた真紅の血と、
ここに逃げてくるまでにできた、たくさんの傷から血を流して。

貴方の命を終わらせた時と、貴方を抱きしめた時に浴びた…
少し茶色がかった血で。

赤の斑になった顔で振り向いた。
ああ、今の私はきっと、壊れそうな表情をしているのでしょうね。



私は 貴方の願いを叶えた

運命を書いた残酷な神さま 今度は私が願いを叶える番




かつての仲間たちが

“よくやった”と言う前に

私はためらわずに——…。

撃った

崖の上にあった たくさんの岩石へ照準を合わせて










凄まじい音

凄まじい埃と悲鳴

そして私は

一粒の涙をこぼして

そしてそれきり

後ろを振り返らずに 逃げた



もしも貴方が 近くの自然の崩壊とシンクロしてしまう地下族でなければ
生き延びられたのかもしれないけれど
私の愛した貴方は 地下族だったから。

どうして私たちは…あんなに愛し合っていたのに 結ばれない運命だったのだろう。





貴方は死に

私は生き残った


貴方の残した最後の願い

今度は決して死なない

たとえ裏切り者と言われ 追われる身になったと言えども

貴方のために 私は絶対 殺されたりしないから



さようなら いつまでも忘れない

心から愛した 一つの

地下族の命———







「愛してる」











Fin.