「貴方は何という花ですか?」
空にぷかぷかと浮いていた、不思議な不思議な碧い花。
私が声を掛けると、その子はいきなり変な声を出して、地面にぼさりと落ちてきた。
怯えたように辺りをきょろきょろと見回して、首を傾げたりしている。
私はなんだか気の毒になって、もう一度声を掛けてあげた。
「……大丈夫? 茎、折れちゃいませんでした?」
その子と目があった。
ぽかん、と口を開けた姿がなんだかとっても可笑しくて、
私がくすくす笑うと、ますます目を大きくする。
どうしたんだろう。私、何か、変な虫でも付いているのかな?
「……あなた、喋れるの?」
いきなり変なことを言う。
今度は私がぽかんとして、
「だって、私、フロリアスの花ですよ?
菫の花でもない、百合の花でもない、アスターの花でもグラジオラスの花でもないです。
どうしてそんなことを聞くんです?
……貴方の咲いていたところには、フロリアスが咲いていなかったんですか?」
そんなことがあるのかなぁ、と首を傾げながら私は言った。
フロリアスの花が咲かない場所なんてあるのかしら。
その子は目をぱちくりして、はぁ、とかなんとかかんとか、よく分からないことを呟いている。
「……確かに、宙の浮島のメックス星人さんが、あの星には喋る花が咲いてるとは言ってたけど。
絶対、からかわれたんだと思ってたのに」
ブツブツ言ってから、その子はいきなり頭から大きな花びらを千切ってみせた。
私は目を見開く。そんな大きな花びらを千切ったら、枯れてしまいかねないのに! それに絶対、痛いのに!
それなのに、その子は平気そうににこにこ笑って、ぺこり、と頭を下げた。
「えっと、…ごめんなさい。僕、花じゃなくって、メガドーム星人なんですよ。
今日は、メックスさんから宇宙船ちょろまかして…おっと…お借りして、この星に遊びに来たんです。
花だらけの星だとは聞いてましたけど、本当に、ここまで凄いなんて。
宇宙には、喋れる花も咲いてるんですねえ。素敵だなぁ」
笑いながら紡がれる言葉を、理解しようと、私は一生懸命に考えた。
ええと、つまり、ええと、
「……あなたはメガドームという花なんですか? …じゃなくて、花じゃないなら、
……空を飛んでいたし、蝶ですか? それとも蜂?
ごめんなさい、喋れる虫がいるなんて、私、知らなくって……。
蜜と花粉ならあげますけれど、貴方の卵は預かれませんよ」
困ったなぁ、変なのと会っちゃったぞ、と思いながら返事を返す。
とたんに、メガドーム、さん、はおなかを抱えて笑い出した。
「そうじゃなくて、そうじゃなくって!
ええっと、どこから話せばいいかなあ。フロリアスさん、夜、空に浮かぶ光は分かりますか?」
「……星のことですか?
あれは、夜の神様の天幕に、蜂が開けちゃった穴ですよね?」
「………なるほど、これがカルチャーショックってやつなのか…」
「メガドームさん、…やっぱり、あんな大きな花びら千切っちゃって、痛いんですね?
そんなに頭を抱えて…無茶ですよ、あんな大きな花びら千切るなんて」
メガドームさんは笑って、落ちていた蒼い花びらを拾い上げると、
もう一度頭にとすんと被せた。
そして、私の傍に座り込むと、色々な話をしてくれた。
本当に、沢山の、色々な話を——
「ねえ、ダフネ。きみは、生まれてからどれくらい経つの?」
「生まれてから……? …どうでしょう。春が2回あったのは覚えてるので、2年くらいですかねえ」
「……あと2回、春を迎えられる?」
「……どうしてですか?」
「ううん。ただ、そのね、多分。
あと2回、春を数えた後に、僕の知り合いのメガドーム星人の子が、
大きな宇宙船に乗って、沢山の宇宙人を連れて、この星にやってくる、って、そんな夢を見たんだよ。
で、もしそれが本当だったら、僕の知り合いにも君に会ってもらえたらいいなぁって」
季節が夏から秋になる頃に、
メガドームさん、……ミリアム、という名前の、メガドームさんは、
船に乗って、メガドームの星に帰っていった。
たくさんの、信じられないような不思議な話を、私の中に残して。
私は、雨が降らない日が長く続いた時以外には、「歩いた」ことはなかった。
ずっと、地面に座って、咲いていればよかった。
けれど、ミリアムさんが星に帰る日、初めて、必要もないのに、地面から爪先を抜いた。
ゆっくりと、手を繋いで、「歩いた」。
それからずっと。私は、夜以外は、歩くことにした。
どこまでも、どこまでも、ゆっくりと、歩いた。
風景はどこまでも変わらずに、どこまでも、花が咲いていた。
ミリアムさんが話していたような、空に浮かぶ浮島も、深いガスの海も、
高い高い、ビルというたてもの(これは何度聞いてもよくわからなかった)も、
なにひとつ、無いままに、歩いても歩いても、どこまでも花が、咲いていた。
空を飛ぶ蝶のような花。池を泳ぐ花の群れ。
足元を這う砂粒のような花。首が痛くなるほど見上げた先に花開く、まるで太陽のような花。
何千人ものフロリアスに会った。
地面に咲いて、みんな、不思議そうに、
雨ならこの前降ったじゃない、と言った。
何度か、流星雨の夜があった。
何故か、遠くから地響きが聞こえてきたこともあった。
地平線の先から、流れ星が空に帰っていくのを見たこともあった。
だけどやっぱり、見つからない。
花の咲いていない場所が、見つからない。
私の知らない景色が、何処まで行っても、見つからない。
歩き続けているうちに、季節がよく分からなくなってしまった。
南に行くと春と夏が長くて、北に行くと秋と冬が長いらしいのはなんとなく分かったけれど。
困ったな。春が二回過ぎたら、と言っていたのに。
会える。
会えない。
会える。
会えない。
会える。
会えない、
……会える?
星が不思議に明るい夜だった。
桃色の大きな星が夜空に浮かんでいた。
流れ星が、少し離れた花森の向こうに、落ちるのが見えた。
初めて、私は、夜も眠らずに、歩き続けた。
朝になった。
真っ青な、真っ青な花びらの、初めて見る誰かが、たくさん立っていた。
大きな大きな、初めて見るなにかが、いいえ、ミリアムさんが帰ってしまう時にみた、「船」が、咲いていた。
私は、久しぶりに、笑って言った。
「……こんにちは」
(Eicn teem otyuo, reothrb nisosmoc)