手を引かれながら、おぼつかない足取りで歩く。
時々、ふらついて、転びそうになる。
その度に、自分の腕に縋って踏みとどまる彼女を、ダフネは痛ましそうに見つめた。
「ごめんね。もっとゆっくり歩こうか」
自分の、胸のあたりにやっと頭が来る、小さな小さな少女。
まだ、身体のあちこちに包帯を巻いている。
おとといに、ようやっと歩けるようになったばかり。それまではずっと病室のベッドに寝たきりだった。
……それでも、ここまで回復出来ただけでも、充分過ぎるほどの奇跡なのだ。
彼女以外のサボン星人は、誰も、助からなかった。
メタモアークが、亜空間飛行でサボン星域へ辿り着いた時には、もう、遅すぎたのだ。
サボン星の隣には、もうひとつ、サボン星が浮かんでいた。
メタモライト、という名前だと、後で教えてもらった。
ダフネが、訳が分からずにぽかんとウィンドウビューを見つめていた時は、
ジオライトとオレアナの人々は怒鳴るように指示を飛ばしては走り回っていて、話を聞くどころじゃなかったから。
ワガハイ、サボン星に、行ってきたのだ。
あの日、自分まで痛そうな顔をして、ぐったりとラウンジの椅子に座っていたパスカルは、呟くように言った。
安全な船と宇宙服に守られてだったけど。
大地震と地割れで地軸から揺さぶられて、シャボンの海が津波を起こすのを、見てたのだ。
メタモライトの化けたサボンが、空を覆いつくしそうなくらいすぐ傍に、浮かんでて……
浅瀬に、何人ものサボン星人が、倒れてるのも、見たのだ。
ワガハイも、みんなも、救助、頑張ったけど、何人かは、抱え上げたとたんに、パチンッて……
救助できたサボン星人はようやっと、20人ほどだったという。
そして、アスター以外のサボン星人は、みんな、目を覚ますこともなく、弾けて消えてしまったのだと、
「……ダフネさん?」
か細い声に、ダフネははっと我に返った。
いつの間にか、立ち止まってしまっていたらしい。なんでもないよ、と笑いかけてから、もう一度歩き出す。
目的の場所は、もうすぐだった。
長い廊下に、均等に並ぶ金属の扉。
最初はそりゃもう面食らったけれど、今ではすっかり慣れてしまった。
そのうちの一つを迷い無く選んで、ダフネは呼び鈴を鳴らした。
「遅かったね。待ってたんだよ」
扉が開く。とたんに、ふわっと、甘い香りが流れ出てきた。
ダフネの隣で、驚いたように目を瞬いている少女を見つめて、マリーはにっこりと笑った。
「初めまして、アスター。僕はマリーっていうんだ」
「……、こんにちは」
「あはは、そんなに緊張しないで大丈夫だよ。……記憶が戻らないんだって?」
「………」
ぼんやりと、小さく頷く彼女の頭を撫でて、マリーはダフネを見た。
「……前にも言ったけど、僕に出来るのはせいぜい占いくらいだよ?」
「分かってますけど……。でも、もう、ジオライトさんやオレアナさんたちの力じゃ、無理だ、って」
「いっそ、忘れたままの方が幸せなんじゃないかなぁ。
……アスターに聞かなくちゃしょうがないか。
アスター。…君は、何が知りたい? 自分の過去? 未来? それとも記憶を取り戻す方法? それとも……」
遮るように首を振って、アスターが小さく呟く。
「知らなくて、いいです」
「……?」
「私、今のままで、いいです」
別に、知りたいと、思わない。
自分が何なのかよく分からなくても。どうしてこんなところにいるのか、よくわからなくても。
ふわふわと、漂うような今のままで、別に、いい。
人の言葉から伝え聞いて、知っている知識。私はサボン星人。私は、サボン星で倒れていた。
そしてサボン星は、もうなくなってしまった。
どっちにしろ、自分が帰る場所は、もうないのだ。
思い出すべき人も、場所も、なにも、ないのに。
どうしてみんな、私に記憶がないことを、そんなに痛い目で、見るのだろう。
虚をつかれたような顔で、瞬きをしていたマリーが、ふと、笑った。
「……なあんだ。ごめんね。君、僕が思ってたよりもずっとずっと、しっかりしてるや」
「…え?」
「全くもう。ダフネ、君が心配性なのは知ってるけどさあ。ちょっと、アスターのこと、腫れ物扱いしすぎだよ」
「えっ、ええ?」
ひとつめの戸惑いはアスターの声。ふたつめは大分うろたえたダフネの声だ。
くすくすと、マリーが笑う。
「しょうがないね。君、優しいし、想像力豊かだからなぁ。
ごめんね、アスター。自分で占ってほしくなったら、その時改めて僕に相談してよ。何でも見てあげるから。
とりあえず、今日は、のんびりお茶でも飲んでったら? せっかくだし、遊びに恋占いでもやってみない?」
優しくアスターの背を押して部屋に入っていくマリーを、しばらくダフネはぽかんと見送って——
数テンポ遅れてやっと我に返ると、慌てて自分も部屋の中に入っていった。
メガドーム星から持ち込まれたドライハーブや薬草の束が、柔らかなカーテンのように揺れた。